その部屋には、大きなグランドピアノと小さな椅子がいくつかがあるだけで、誰かがいる気配はない。

 それには安心したけれど、一見、脱出の手がかりになるようなものも無く、拍子抜けだ。


「……心臓持たないよ、これじゃ」


 桃矢君が口を尖らせる。


「まあまあ、危険がないのはいいことだよ」


 白羽部長は安堵(あんど)しながらも少し困ったような表情を浮かべる。


「……とりあえず、一度ざっと屋敷の中を回ったほうがいいのかも?」

「いいねそれ、さんせーい」


 祐奈の提案に、桃矢君が乗った。

 確かに、屋敷の広さもわからないこの状況では、いちいちこんな思いをしながら慎重に回っていてはキリがないかもしれない。


「うーん、そうだね。とりあえず二階に行ってみようか」


 白羽部長を先頭に、ぞろぞろと並んで階段を上がる。

 階段はまだ先があるようだが、とりあえず二階へ足を踏み入れた。

 長い廊下が続いている。

 それを囲う壁には、点々とドアが確認できる。

 歩きながら目をやると、ドアにはネームプレートがついていた。

 それに刻まれた『白羽様』の文字、そしてその下にはさらに文章が並んでいた。

 『白羽様以外入室禁止』というシンプルな文字列。

 それに私たちが従う義務などないはずなのに、不思議と逆らってはならないと思えてくる。