「――またそんなこと言うんだね。夢から覚めて、ありす。君が見ているのは夢なんだ。悪い奴らがみせているその夢は、希望にあふれているかもしれない。けれどそれは、悪意にまみれた現実を覆い隠してしまうだけだ。二人で出よう」


 もう何を言っても無駄だと思った。

 彼の心にはきっと、私の言葉は届いていない。

 気づくと私は、壁に追い込まれていた。

 私の顔の横の壁に、水無君が手をついて逃げ場を奪う。


「私は夢なんてみてない……ずっとずっと、現実を見てる! 衣純ちゃんこそ、目を覚まして!」


 どうせ逃げ場がないのなら、と精一杯強がって声を出した。


「ありす」


 しかし私の虚勢は、重く冷たい声色に一瞬で剥がれ落ちてしまった。


「僕と一緒に来る?」


 その問いに、小さく首を横に振った。

 水無君は何も言わない。


「……私を……殺す?」

「――僕はありすを愛してる。殺すなんて、そんなことできない」


 それを聞いて、少しだけ安心した。

 いくら彼の頭がおかしくても、殺す気さえないのなら、逃げる機会を窺えばいい。


「と、思ってたんだけど」


 私の少しだけ緩んだ気が、一気にぴんと張り詰めた。