しかし今更無視する勇気はなくて、仕方なく彼女の名を呼んだ。


「あ……あの、私……っ」


 衣純ちゃんは泣き止むどころか、しゃくり上げ始めてしまった。


「あ、お、落ち着いて……私、何もしないからさ」


 ……彼女はいじめられている。

 他人から向けられるのが悪意だという先入観でもあるのだろう、ひどく怯えた様子を見せた。


「……いつもここで泣いてるの?」


 彼女は何も言わず、頷くだけ。

 ……間がもたない。

 でもだからといって、泣き続ける彼女を置いて立ち去る気にもなれなかった。


「私……」


 衣純ちゃんは何か言おうとしたみたいだが、言葉がまとまらないのかそこまで言って黙ってしまった。


「いいよ、ゆっくりで」


 普段はなるべく関わらないように見て見ぬふりをしているけれど、目の前で泣かれているとどうしても不憫(ふびん)に思えてしまう。

 彼女の隣に腰を下ろして、口を開いてくれるのを待った。

 ふと、彼女の首元に包帯が巻かれていることに気づく。

 私の視線に気がついた衣純ちゃんは、手のひらを当ててそれを隠した。

 ……触れてほしくないのかな。

 そのことについては、何も聞かなかった。


「……なんでいじめるのかな」