「――もう、いい!」


 心はついに怒って、私がいるのと反対側の階段へと歩いて行ってしまった。

 あんなに怒る心は珍しい。

 そんなことを呑気に考えていると――恭君が私のほうへ向かってきた。

 隠れたほうがいい、そう思ったけれど、今から階段を駆け上がったところで足音が響いて不審に思われるだろう。

 どうすればいいか思いつく前に、恭君はもうすぐ傍に迫っていた。


「あ、き、恭君」


 思わず声をかけると、楽しそうにしていた恭君はふと真顔に戻った。


「さ、さっき、心と何の話してたの?」


 偶然を装ったつもりだったが、恭君はじっと私を見据えている。

 ……盗み聞きが、バレたのかもしれない。

 謝ったほうがいいかな――そう思い、口を開きかけて。


「アリスの首を、刎ねなくちゃ!」


 恭君が喜々(きき)として零した言葉に、私の声は奪われた。

 彼の手にはいつの間にか、庭園で見かけたあの鋏が握られている。

 恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべた彼の一歩は大きく、走り出したことを意味していた。

 ――逃げなきゃ。