「くそっ!」

 ウィザー侯爵家の屋敷にて。
 マーシュは自室に入るや、緑のジュストコールを憤りのままに脱ぎ捨てた。
 次いで手の込んだ彫刻が施された猫脚の椅子に、うるさく腰掛けると、小刻みに脚を揺らして怒りをあらわにする。

「この役立たず共め……! 言われた仕事もまともにこなせないのか」

 マーシュは父から開拓事業の一端を任された。
 なんてことはない、領内の森で発生した魔物被害の対処と農園開設の手引きだった。
 しかしマーシュは悠長に構えていて、開拓に取りかかるのが遅れてしまった。
 それが原因で、大したことはなかった魔物被害が大きく広がり、対処が難しいものになってしまった。
 自陣の軍を率いて魔物の対処を試みたが、いたずらに兵士を失っていくだけで状況はまるでよくならない。
 マーシュは家督の引き継ぎである第一歩を、大きく失敗してしまったというわけだ。

「だ、大丈夫ですわ、マーシュ様。マーシュ様ほどの手腕がありましたら、すぐに現状も打開できると……」

「黙れ! 貴様に何がわかるパチュリー!」

 同じく部屋にいたパチュリーが、慰めるように声をかける。
 しかしマーシュは焦りと憤りのせいで、彼女に強く当たった。
 今の心境では、婚約者の慰めすら煩わしい雑音にしか聞こえない。

「もう使える兵は残り少ない……。父上に兵を貸してもらうしか……」

 そう言った後で、自分の言葉にかぶりを振る。
 与えられた使命も全うできず、そのうえ力添えまでしてもらうなんてあまりにも情けない。
 下手をすれば家督の引き継ぎの話すらなかったことにされる可能性もある。