サイプレス・ファーミングは、眼鏡の奥で密かに黒色の目を細める。
 その目を密かに背後に向けて、後ろからついてくるローズマリーを訝しそうに一瞥した。

(あのディル様が女性魔術師に負けるなど、絶対にあり得ない)

 サイプレスはディルに対して、強烈な憧れを抱いている。
 魔術師としてディルに羨望を抱く者は数多くいるが、サイプレスはその中でも特にディルへの尊敬の念が大きかった。
 サイプレスの生家は、商業によって高い地位を築き上げたファーミング侯爵家という名家だ。
 その跡取りとして生まれたサイプレスは、幼い頃から両親に厳しい教育を施されてきた。
 貴族社会にいち早く溶け込めるよう、子供ながらに様々な大人たちと関わりを持たせられた。
 その分、大人の汚い部分を見る機会も多かった。
 サイプレスにとって大人というのは、何よりも厳しくて狡くて怖い存在だった。

 そんなある時、王家の人間も参列するパーティーが催された。
 そこで初めて、当時八歳のディル・マリナードと出会った。
 ディルは多数の著名人や一流の魔術師たちがいる中で、自分とさほど歳が変わらないのに圧倒的な力と存在感を放っていた。
 そしてどのような我儘も横暴も許されていて、大人たちは目を合わせただけでひれ伏し、体を震わせていた。
 サイプレスにはその光景が、あまりにも衝撃的に映った。

 何よりも恐ろしいと思っていた大人たちを、一瞥しただけで屈服させた。
 厳しい大人たちの前でも、あらゆる我儘が許されていて、誰も逆らうことができなかった。
 自分と歳が変わらない、同じ子供だというのに。
 それだけ魔術師として優れた才能がディルにはあり、圧倒的な力で大人たちを黙らせたディルが、サイプレスの目にはかっこいい英雄に映った。