そんなことを考えて一層感謝の気持ちを膨らませていると、不意に視界の端に本棚から落ちかけている本が映った。
 どうやら隣にあった魔導書を引き抜いた際にずれて、半身が本棚からはみ出てしまったらしい。
 それを戻してあげようと思って歩み寄ると……

「あっ、この魔導書……」

 それが偶然にも見知った魔導書で、思わず私は苦笑を浮かべた。

「ディルも持ってたんだ、これ。しかもすごく擦り切れてるし。まあ持ってない魔術師の方が珍しいか」

 エルブ魔法学校の図書館にも置いてあったし、なんなら私の実家にも置いてあるくらいだ。
 おそらく世界で一番有名で、一番写本にもなった魔導書。
 そして世界で一番、習得が困難な魔法の魔導書でもある。
 賢者バージルが残したとされる、『飛行魔法』について記された魔導書だ。

 魔法が超常的な現象ではなくなったのは、かなり昔の話だ。
 記録によれば五百年前の国家戦争でも、すでに魔法が用いられた記述があるらしい。
 そのことから、およそ六百年近く前から、魔法は人間にとって身近なものになったと考えられている。
 それから魔法の研究は進み、魔術師たちは独自に新たな魔法を開発しては、その習得課程を魔導書として残している。
 賢者バージルが残した飛行魔法の魔導書もそのうちの一冊で、発見されたのは今から三百年も前の話だそうだ。
 しかしその飛行魔法を習得できた魔術師は、著者のバージルを除いて、この三百年間一人も存在しない。

「人という種を、地上から解放し、空の領域へ踏み込ませる夢想の魔法――【神の見えざる翼(フリュー・ゲル)】」