「すでに界隈には、貴様が『花嫁修業を怠った愚女』だと知られている。そんな間抜けな妻を持っているというだけで、俺とウィザー家の悪評にも繋がってくる。婚約は取り消させてもらうぞ」

 マーシュ様は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 やや資金面で苦難している我が家は、マーシュ様の実家であるウィザー家との繋がりを今は頼りにしている。
 だからもしここで私が婚約破棄されたら、家族や領民たちにさらに苦労をかけることになる。
 そのことをマーシュ様もわかっていて、圧倒的に優位な立場から私を陥れようとしていることが伝わってきた。

「女は花嫁修業だけやってりゃいいのによ」

「そもそも女なんかに魔術師が務まるはずねえんだからな」

「どうせたまたま試験でいい点とれただけだろ」

 浴びせられる非難の数々に、私は目元を熱くさせながら唇を噛みしめる。
 私はただ、大好きな魔法に真っ直ぐ向き合ってきただけだ。
 それなのにどうしてこんなに責められなければいけないのだろうか。
 私が女性だから? 男性の方が偉いから? そういう社会だから?
 そんなので納得できるわけがない。
 女性だって、魔法の分野で活躍してもいいじゃないか。
 この状況でそう強く言い返すこともできず、耐え切れなくなった私は、逃げるようにして会場を飛び出そうとする。

 しかし、その時――

「……くだらないね」

「えっ?」

 批判的な空気を切り裂くように、冷え切った声が会場に響いた。
 皆の目がそちらに集中する。
 そこには視線だけで観衆を押し退けて、騒ぎの中心に歩み寄って来る一人の男子生徒がいた。
 目元に僅かに掛かるほどの銀髪。その隙間から覗く鮮やかな緋色の瞳。
 中性的で目鼻立ちの整った顔にはシミの一つもなく、線の細い体には爽やかな青のフロックコートを羽織っている。
 周りの生徒たちから一点に視線を浴びながらも、余裕のある様子で近づいてきたその人物は……

「魔法の成績で勝てなかったからって、全員で寄ってたかって首席様を袋叩きか。みっともないことこの上ないね」

「ディ、ディル?」

 私の好敵手と呼んでも差し支えのない、次席卒業者の第二王子ディル・マリナードだった。