ローズマリーとの共同生活が始まった。
 その字面だけでもディルは嬉しさが限界へと到達する。
 好きな人と同じ屋根の下で暮らしている。その事実に高揚しない男子はいない。
 同じ屋根の下で暮らしているということは、それだけで顔を見られる機会が何倍も増えるということだ。
 当然、朝の廊下を歩く足取りは軽やかになる。

 学生時代は魔法学校の廊下でたまにすれ違うか、同じ授業になった時くらいしか顔を合わせられなかった。
 機会に恵まれなければ、まったく出会わずに一日を終えることだって珍しくない。
 果たして今日は会えるだろうか。話しをすることができるだろうか。
 そうそわそわしながら過ごして一度も顔を見られなかった日は、凄まじい落胆を味わうことになる。
 けど今日からは、毎日好きな人の顔を見ることができる。
 今一度その嬉しさを静かに噛み締めていると、前方からくだんの想い人がスキップしながらやってきた。

(随分と上機嫌だな)

 見ているこちらの頬まで緩んでしまう。
 おおかた書斎に所蔵されている魔導書が楽しみなのだろう。
 そう思いながら、ディルは速やかに書類に目を落とし、ローズマリーに気付いていないフリをした。
 こちらからは決して声をかけない。
 下手をすれば、ローズマリーとの共同生活が始まって浮ついていることを気取られる可能性があるから。
 向こうから声をかけられて、ようやく気付いたということにする。

「お、おはよう、ディル」

「んっ? あぁ、おはよう」

 特に違和感なく返すことができて、密かに安堵する。