(魔導書に記された魔法だって、習得できるかどうかはその人の努力次第だ。読めば“誰でも”記された魔法を使えるようになる万能な書物と思っているのは、彼女がただ努力家で筋金入りの魔法好きというだけの話なんだ)

 昔、ローズマリーに魔法の才能はないかもしれないと思った。
 けれど“魔法が好き”ということ自体が、かけがえのない貴重な才能だと今一度痛感させられる。

 夢中は時に、才覚を凌駕する。

(近づけば近づくほど、果てしなく遠い存在だと気づかされてしまう。僕はあまりにも無謀なことをしようとしているのかもしれない)

 ローズマリーを超えたその時に、本当の気持ちを告白する。
 それが実現できる日が果たして来るのだろうかと、ディルは今回の戦いを経て今一度大きな不安を抱えたのだった。

(まあ、それはそれとして……)

 先刻、馬車が急停止し、ローズマリーが腹部に突っ込んできたことを思い出す。
 少しだけ手が髪に触れて、さらりとした感触が手のひらに走った。
 同時に果物を思わせる甘い香りが鼻腔をくすぐり、その時の感覚がいまだに脳裏に残っている。
 そして、爆発しそうだった嬉しい感情も。

(さっきは本当に危なかった……! 嬉しすぎて顔が緩んでしまうところだった!)

 今までになくローズマリーと接近できた。
 思わずそのまま彼女の頭を両腕で抱きしめてしまいそうになったほどだ。
 死に物狂いで平静を装ったが、顔に出ていなかっただろうか。
 あの爆発的な歓喜の気持ちを、噯にも出さずに堪え切ることができたのはもはや奇跡に近い。
 しかし願わくば、もう一度馬車が急停止してローズマリーが飛び込んで来てくれないかと、ディルは冷静な顔で窓の外を見つめながら考えていたのだった。