(【超人的な時間(アブ・ノーマル)】。【子守りの愛撫(ベビー・シッター)】)

 魔法を発動した瞬間、体が急激に軽くなる。
 身体強化魔法の【超人的な時間(アブ・ノーマル)】の効果だ。
 同時に右手にコバルトブルーの光が灯り、私はその手を黒狼(ヘルウルフ)に伸ばした。

「はあっ!」

 行商人たちを襲うのに夢中になっている黒狼(ヘルウルフ)に、背後から近づいて右手で触れる。
 するとその狼は、糸の切れた操り人形のように、唐突に地面に倒れた。
 これが昏睡魔法の【子守りの愛撫(ベビー・シッター)】の力。
 この魔法を使えば、触れただけで魔物を眠らせることができるようになる。
 原理としては魔素を麻酔効果のある性質に変換し、それを接触部から流し込んで昏睡させている。
 ただし動物系の魔物のみに有効で、体が大きすぎる個体にも効果が薄い。

「魔物が、たった一撃で……」

「女の魔術師なんて、初めて見たぞ……」

 行商団の人たちが驚いた顔を見せる中、黒狼(ヘルウルフ)がやられたことに気付いたもう一体が、すかさず私のもとに飛びかかってくる。

「ガウッ!」

 私は素早く反応し、身を屈めて黒狼(ヘルウルフ)の真下に潜り込んだ。
 通り過ぎさまに、奴の体に右手で触れる。
 また一体、地面に吸われるように黒狼(ヘルウルフ)が倒れ伏した。
 するとすぐ目の前に黒狼(ヘルウルフ)が二体いたので、即座に肉薄する。
 閃くような速さで右手を当てると、その二体も地面に倒れて、不意に辺りが静まり返った。