ディルとローズマリーが話を終わらせた後。
 婚約に関する細かい話はまた後日するということで、二人はその場で解散することにした。
 ディルはローズマリーを送ろうかと提案しようとしたが、それよりも先に彼女は嬉しそうな様子で家路を駆けて行ってしまう。
 そのことに残念さと安堵を同時に覚えながら、ディルも王宮に向けて足を動かした。

「…………ふぅ」

 ローズマリーと話している時は平静を装っていたが、その必要がなくなりディルは大きく胸を撫で下ろす。
 まだ拭い切れていない緊張感を冷や汗に変えて流し、彼女と会話している時の自分の様子を慎重に思い返した。

(顔に出ていなかっただろうか)

 知らずに笑みがこぼれていたり、声が上擦ったりしていなかっただろうか。
 おそらく大丈夫だとは思う。
 この感情を隠すことにはもう慣れているし、気持ちを自覚してから三年も秘めてきたことだから。
 しかし今回ばかりは非常に危なかった。
 なぜなら……

(まさか、ローズマリーと結婚できることになるとはね。“嬉しすぎて”夢でも見ているようだ)

 ディルは今一度それを思い出し、顔を熱くさせながら笑みをこぼした。



 ディル・マリナードは、生まれながらにして神童と呼ばれていた。
 かつて魔法の力により、魔物に占領された魔占領域を切り開いたマリナード一族。
 その末裔に相応しく、彼は生まれながらに魔法の源となる『魔素』を莫大に宿していた。
 また、魔法習得に欠かせない『想像力』に関しても天賦の才を有していた。