ディルは呆れたようにため息を吐く。
 一方で私は話にひと区切りがついたので、ほっと胸を撫で下ろした。
 ここでようやく、婚約破棄から続いていた緊張感がごそっと抜け落ちる。
 首の皮一枚繋がって本当によかった。
 いや、むしろ状況は好転したと言ってもいいかもしれない。

 一介の侯爵夫人として終わるだけだった人生が、王子の婚約者になることができたんだから。
 それに魔術師として領地開拓という大仕事の手伝いができる。
 侯爵夫人になるからと諦めていた魔法のお仕事に就くことができるんだ。
 色々とディルには感謝しないとね。
 と、そこで私は遅まきながら、ディルにお礼を伝えていなかったことを思い出す。

「あっ、その、言い忘れてたんだけど……助けてくれてありがとね、ディル」

「……別に、これは自分のためにやったことだから、お礼なんていらないよ」

 ディルは表情一つ変えずに、端的に返してきた。
 まあ、ディルならそう言うと思ったけど。
 その後、彼は呆れた様子でさらに続けた。

「ていうか助けられたつもりになっているみたいだけど、それはまったくの見当違いだよ」

「えっ?」

「この婚約は君に勝ち逃げさせないためでもある。自分の懐に囲っておけばいつでも勝負ができるからね。夫婦なんてただの肩書きで、これからも僕たちは変わらずライバル同士だ。それをよく覚えておくといいよ」

「……相変わらずだね、ディルは」

 ディルの闘争心に溢れた目を見て、私もつい呆れてしまう。
 けど、どこまでもブレないその様子に、密かに嬉しい気持ちになったのだった。
 私も変わらず、ディルとはライバル関係でいたかったから。

「卒業試験の後にも言ったように、私だって負けるつもりはないから。これからもよろしくね、ディル」

「うん」

 こうして私たちは、ライバル同士でありながら婚約者同士という、少し複雑な関係になったのだった。
 女のくせに生意気という理由でマーシュ様に婚約破棄されて、一時はどうなることかと思ったけど……

 代わりにもらってくれたのは、入学からずっと首席争いをしていた次席のライバル王子でした。