それだけにとどまらず、ディルは空中で旋回して幾度も右側の翼を斬り刻む。
 最後に高々と長剣を振り上げて、渾身の一撃を叩き込むと、黒竜(シャドウ)の翼は完全に動きを止めた。
 今度こそ力無く地面へと墜落していく。
 凄まじい地響きと轟音を広げながら、黒竜(シャドウ)の巨体は森林地帯へと落ち、生気を失くして完全に鎮まった。

 黒竜(シャドウ)の絶命を遠目に見つめながら、私は呆然と固まる。
 あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにしてしまい、頭の整理がまるで追いついていなかった。
 するとそんな私の前に、氷の長剣を携えた銀髪の青年が、上空からふわりと下降してくる。
 彼は地面に到達する寸前で止まり、シャボン玉のように宙に浮遊したまま、どこか誇らしげに笑みを浮かべた。

「ローズマリー……」

 その意味を、彼の口から告げられる。

「ようやく、君に一つだけ勝つことができた」

 刹那、王立エルブ英才魔法学校に入学してからの六年間の軌跡が脳裏をよぎる。
 私とディルは、入学した時からずっと競い続けてきた。
 そして私は一度として白星を譲ったことはなく、魔法の分野において常に彼の上に立ち続けてきた。
 卒業まで崩れることのなかった首席と次席の関係。
 しかし今この瞬間、その立場が初めて逆転する。
 私が習得できなかった五階位魔法を完璧に使いこなし、ディルは黒竜(シャドウ)を空の領域から引きずり下ろしてみせた。

『僕は常に君に勝つつもりで過ごしているんだ。突発的な魔物討伐の場面でもね。それをよく胆に銘じておくといい』

 有言実行とはまさにこのこと。
 負けず嫌いもここまでくると、さすがに感服せざるを得ない。
 でも、ディルのその負けん気のおかげで、最悪の事態を避けることができた。
 これ以上誰も傷付けずに済ませることができたんだ。
 ホント、この王子様は……

「……今回ばかりは、負けを認めるしかないね」

 こうして黒竜(シャドウ)を止めることができたのと同時に、私はこの瞬間初めて、ディルに黒星をつけられたのだった。