「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 満天の星の下、死に物狂いで王都の夜道を走る影があった。
 その者は人目を忍ぶように裏通りを駆け抜けて、人の気配を感じると息を殺して物陰に隠れる。
 傍から見られていたらなんとも滑稽な姿に、その者は憤りを禁じ得ず思わず毒づいた。

「ぜ、絶対に許さんぞローズマリー……! そしてディル・マリナード……!」

 王宮劇場から辛くも逃げ出したマーシュ・ウィザーは、王都からの脱出を図っていた。
 すでに追っ手の衛兵たちが至る所を張っており、その目を掻い潜りながら逃げ道を探している最中である。
 王宮劇場の休憩室で爆発の影響を受けて、体中は傷だらけ。
 狭く陰鬱な裏通りばかりを走っていたため、衣服も埃に塗れている。
 緊張と疲れで全身は汗まみれで、祝賀会用にセットした髪は見る影もなく崩れており、情けない現状に怒りが収まるところを知らなかった。

「こうなったのもすべて、あの神童の王子のせいだ……! 奴さえいなければ……」

 ローズマリーを服従させることもできたというのに。
 それ以前にローズマリーの気持ちが自分から離れてしまったのも、あのディルが原因だとマーシュは思っている。

「ローズマリーの心は確実に俺に向いていたはず……! あの王子さえいなければ、ローズマリーの心は変わらなかったというのに……!」

 そしてローズマリーさえ手元に戻ってくれば、躓いた開拓事業を立て直すことができたはずなのに。
 それとは正反対に、奴らのピートモス領の開拓が滞りなく進んでいることに、ますます怒りが増していく。
 自分は任された領地の開拓に失敗しているのに、向こうだけ順調に領地開拓が進んでいるなんて……

(それならば……)

 奴らの開拓事業も、破滅に追い込んでやる。