咄嗟に私は顔を背けてしまいそうになるけれど、その寸前、ディルの手が素早く動くのが見える。

「――っ!?」

 ディルは振り下ろされた剣を避けながら、マーシュの手首を素早く掴む。
 そのまま流れるように奴の手首を捻ると、痛みのあまりかマーシュは剣の柄を放した。
 即座にディルはマーシュを蹴り飛ばし、床に落ちた剣を爪先で弾き上げて右手で受け止める。
 倒れるマーシュと剣を持ったディル。瞬く間に形勢が逆転してしまった。
 一連の流れがあまりにもスムーズで、声を出す暇もなかった。

「くっ……! たまたま剣を奪えたくらいでいい気になるなよ」

 たまたまなんかじゃない。
 ディルの動きには積み重ねられた鍛錬が窺えた。
 王家の人間として、護身術も当然のように学んでいるのだろう。
 こういった万が一の時のために。
 剣を奪い取られたマーシュは、それでも諦め悪くもう一本の剣を棚の上から取り出す。
 今度はディルとマーシュがお互いに剣を構えた状態で対峙することになり、二つの刀身が月明かりによって照らされた。

「悪いけど、君には前々から個人的な恨みもある。加減は期待しないでくれ」

「貴様さえ……貴様さえいなければ……!」

 張り詰めるような睨み合いの末、先に動いたのはマーシュだった。
 今度は剣の長さを生かした、切っ先での突きを放ってくる。
 ディルはその一撃を的確に刀身の腹で弾き、危なげなく躱してみせた。
 続け様にマーシュが剣を突いてくるが、ディルは一つ一つを丁寧に捌いていく。
 反撃はせず、余裕を持って受け流し続けるだけで、まるで指導試合でも見せられているような錯覚を覚えてしまった。
 剣の実力に、圧倒的なまでの差がある。

「魔法はおろか、剣術の稽古まで疎かにしているなんてね。君が誇れるものはいったい何があるのかな?」

「だ、黙れ黙れ! 貴様こそ王子でありながらそこの女に遅れをとった負け犬ではないか!」