「ディル殿下……!? なぜここに……」

 マーシュは打たれた首元を押さえながら、ディルに驚愕の眼差しを向ける。
 私も疑問を抱きながらディルの背中を見つめていると、彼はため息まじりに言った。

「ローズマリーの帰りが遅くて様子を見に来たんだ。彼女に限って危険な目に遭うとは思っていなかったけど、少し嫌な予感がしてね……」

 ……心配してくれたんだ。
 そのことに言いようのない気持ちを抱いていると、ディルは一層強くマーシュを睨みつけた。

「そうしたらまさか、君がいるとは思わなかったよ、マーシュ・ウィザー」

「くっ……!」

 奴はしかめ面で苦しそうに体を起こす。
 そしてあらかじめこの部屋に隠しておいたのか、壁際の棚の裏に手を伸ばして、そこから銀色の直剣を取り出した。
 魔法が使えない空間となれば、当然武器を持っている方が有利になる。万が一不利な状況になった時の備えだろう。
 しかし剣を構えて強気になったマーシュを見ても、ディルは焦りを微塵も感じさせなかった。

「婚約発表の直後に人の婚約者に手を上げるとはね。しかも夢醒石(むせいせき)まで用意して綿密な計画まで立てるなんて、よほどの物好きの君には、きつい灸を据える必要があるみたいだ」

 剣を持つマーシュとは対照的に、ディルは素手のまま構えをとる。
 そこに多大な自信と余裕を感じたのか、マーシュは怒りを募らせて叫んだ。

「あ、あまり俺を舐めるんじゃねえ!」

 奴は飛びかかるように前に出てきて、直剣を高々と振り上げる。
 銀色の刀身が月明かりによって怪しく光り、ディルの体に振り下ろされようとした。