「ありがとうございます。たぶんそれ私のです」

「そうですか。お伝えしておいてよかったです」

 青年はそう言うと、「それでは失礼いたします」と続けて立ち去っていった。
 そして今の会話を横で聞いていたディルが、親切に言ってくれる。

「取りに行っておいでよ。僕はここで帰っていくお客たちに挨拶をしておくから。それでローズマリーが戻ってきたら王宮へ帰ろう」

「うん、わかった」

 私は青年が言っていた通り、王宮劇場の休憩室へ向かった。
 劇場には控え室があり、パーティー時はそこが休憩室の代わりとして開放されている。
 しかし祝賀会の終わり際ということで廊下には人がおらず、休憩室からも人気はまるで感じない。
 中に入ってみると、すでに灯りも消されていて、窓から差す月明かりだけが卓上にある私の手巾を照らしていた。
 手巾が自分の持ち物であることを確かめると、それを取って会場の方へ戻ろうとする。
 けれど、手巾に手を伸ばそうとした寸前……

「久しいな、ローズマリー」

「えっ?」

 不意に後ろから声を掛けられた。
 先ほど青年に話しかけられた時以上に、私は驚愕しながら振り返る。
 なぜならその声に、強烈な聞き覚えがあったから。
 聞いた覚えがあって、何より聞きたくなかった声……

「マーシュ、様……?」

 休憩室の扉を背に立っていたのは、青髪と翠玉色の瞳が特徴的な長身の男性。
 私の元婚約者の、マーシュ・ウィザーだった。