この傷が会社で付けられたものなのか
プライベートでつけられたものかを
知ってるのは菖蒲だけ。


筒井さんには何も関係ない‥‥


笑顔で筒井さんに向かって頭を
下げると、鞄からさっき書き終えた
ばかりの退職届をそっとテーブルに
置いた


今日1日すごく悩んだ‥‥
入社した時は部署さえ決めれず
やっていけるか分からなかったけど、
総務課に入って受付で学ばせて
貰えて居場所が出来たみたいに
嬉しかったから‥‥


『理由を聞いてもいいか?』


床に座る私に目線を合わせるように
体を屈めると、膝の上で手を組み
溜め息を小さく吐かれた


「もう疲れたんです。
 迷惑かけて心配されるのも
 嫌なんです。」


目を逸らしたくなかったから、
真っ直ぐ筒井さんを見て答える


思いっきり嫌われてもいい。
情けないヤツと思われようが、
最低だと罵られてもいい。


『別荘で話したことを覚えてるか?
 これからそんなこと嫌というほど
 社会では経験することになる。
 見たくないこと、聞きたくないこと
 受け入れたくないことから逃げられず
 苦しむことだって出てくるって
 言ったことを。』


「はい‥覚えてます。」


『そうか‥じゃあ1人で解決せずに
 泣くなと言ったこともか?』


ドクン‥‥


筒井さんがソファから立ち上がると
床に座る私の目の前に座り、
俯いた私の頬を両手で包み上に向けた


綺麗な瞳が至近距離でぶつかり、
筒井さんの瞳の中に私が
写っているのが分かる‥‥


『お前はそんな事を言う子じゃない。
 少なくとも俺はそう思ってる。』


筒井さん‥‥


『いいか?言葉っていうのは
 言う側には責任を持って言うべき
 で、その時の感情だけで言うと
 取り返しがつかなくなる。
 お前が今言ったことを蓮見や
 古平にも嘘偽りなく言えるなら
 これを受け取るよ。
 その代わり受け取ったらもう
 2度と社内には入れないぞ?
 それぐらい今言ったことに
 責任を持つんだろうな?』


私を見つめる筒井さんの顔が
ゆっくりと滲んで見えなくなり
瞬きをした瞬間に張り詰めていた糸が
切れるように涙が出てしまった。


『人はさ、嘘をつくと物凄く
 疲れるんだよ‥‥。
 嘘をついてつきまくると
 本当の自分すら否定したくなる。
 ‥‥お前は素直なのがいいところ
 なんだから、そうだろ?』


両頬に添えられた手が涙を
端によけてくれ筒井さんが
ハンカチで目元を押さえてくれた。


「‥‥‥すみませんでした。」


テーブルに置いてある退職届を
私の手に握らせてくれると
そのまま両手を包まれる


『お前は何も心配しなくていいから、
 月曜日からまたいつも通り元気に
 頑張ればいい。みんなお前を
 待ってるから。』


みんなに会えないのは嫌だって
思えた。優しくしてくれるのに
それがツラいなんて最低だな‥‥って