マスターごめんなさい‥‥
せっかく私のために豆を引いて
珈琲を淹れてくれていたのに
お礼も言えず帰ってしまったから
今度謝りに行きます。



あの場所だけは私の中で
1番大切な場所なのに、
イリスさんを連れて来て欲しくなかった


私のそばにいるって
言ってくれたのは
やっぱり夢だったのかな




電車に乗り家まで走り
玄関の中に入ると、
その場に座り込むようにして
我慢していたのか
涙が溢れてしまい思い切り泣いた


『(俺がいないとこで泣くな‥)』


あの日私を
抱きしめてそう言ってくれたなら
今ここにいて欲しかった。


そばにいたいと言ってくれた
筒井さんを信じたいって思ってたけど
あれだけもう見せられると、
信じることにも疲れてしまう


「‥‥‥はぁ」


お風呂に入ってから、
アイスノンをタオルで包んで
目の上に乗せるとソファに寝転んだ


こんな目をして明日仕事場で
万が一出会ってしまったら、
泣いたことがバレてしまう


とにかく今は仕事をしなくちゃ‥‥
仕事をしていれば余計なことを
考えなくてもすみそうだから‥‥


プルルルル プルルルル


ドクン‥‥


テーブルの上に置いておいたスマホが
鳴り響き、筒井さんからの着信に
深呼吸してから出ることにした。


出ないとまた筒井さんのことだから
心配させてしまうし会いに来ることも
考えられるから話したくなかったけど
謝りたかった


「‥はい、もしもし。」


『(‥‥今日どうして逃げたんだ?)』


あれから4時間も経った今頃
かかってきた電話に、アイスノンの
下から涙が一筋溢れていく。


「‥‥‥すみません。」
 

泣いてることに気づかれないように
グッと堪えるとフーッと吐く
息の音にタバコを吸っているのが
伝わった。


好きな人が目の前で違う女性と
あんなことをしてても、逃げて
目を逸らしてはいけなかったのかな‥‥


そこは大人だから割り切らないと
ダメなのかな‥‥


「筒井さん‥」
 

『(どうした?)』


「‥‥‥いえ‥‥なんでもないです。
 今日は本当にすみませんでした。
 おやすみなさい‥‥。」


言いたいことを言えないまま
通話ボタンを切ると、そのまま
目から流れる涙を拭ってまた目を
冷やした。


私は何を言って欲しかったんだろう‥
なんて言われれば安心するのかな。
なんかもうよく分からないや‥‥。



前日目を冷やして寝たからか
なんとか化粧で隠せそうな目元に
少し安心してから、重い足取りで
会社に出勤をして、いつも通り
エントランスの掃除を丁寧に
行っていた。




『井崎さん少しいいか?』


ドクン


声を聞くだけで涙腺が崩壊しそうな
筒井さんの声に、深呼吸をしてから
ゆっくり振り返った。