本当に仕事の話をしているのかな‥
公私混同はしないって言ってたのに、
あんな近くで楽しそうに話して
見つめ合ってるなんて‥‥


はぁ‥‥もう
タイミング悪いや‥‥ほんと。


エレベーターに乗り込みそのまま地下に
行き発注書を担当者に渡すと、
憂鬱なまま佐藤さんと休憩を交代した。


勤務場所がこの場所で良かった‥‥


総務課にいたらあんな光景を沢山
見なければいけなかったかもしれない


なんとかミスなく仕事をやり終えて、
気分が落ち込んだままの私は、
自然に足がマスターの喫茶店に
向かってしまった


私の癒しの場所‥‥
筒井さんと出会った大切な場所。
今はここにいたくなくて
少しでも早く帰りたかった。


カランカラン


『いらっしゃいませ。
 霞さん‥お久しぶりです。
 おや?何か悲しいことでも
 ありましたか?』


マスター‥‥‥


いつも通り変わらない温かい
雰囲気にそれだけで
涙が出そうになってしまう


この場所は私にとって、
外の忙しい世界から
守ってくれる秘密基地なのかもしれない


「マスターこんばんは。
 今日のオススメと蜂蜜を
 頂けますか?」


カウンターに荷物を置いて腰掛けると、
温かいおしぼりに早速癒されて、
鼻いっぱいにコーヒー豆の香りを
吸い込んだ


ああ‥‥
仕事の疲れが和らいでいくようだ。


毎日は来れないけど、
ここでは私が私でいられる気がするから
これからもずっと来たい場所だ。


『今日はカフェオレにしては
 如何ですか?疲れてる時は
 甘いミルクで飲むのも
 たまには良いものです。』
 

「ふふ。マスターのオススメなら
 喜んでいただきます。」


静かな空間に流れるJAZZと、
マスターが豆を引くコーヒーミルの音
に耳を傾けていると、
扉が開く音がして閉じていた瞳を
そっと開けた。


「‥‥‥‥筒井さん」


会いたくないと思っている時ほど
残酷なもので、一緒に入って来た
イリスさんに心臓が大きくハネる。


『いらっしゃいませ、筒井さん。
 今日は珍しいお客様とご一緒
 なんですね。』


『マスターこんばんは。井崎さんも
 お疲れ様です。』


「‥‥‥‥‥」


ショックすぎて言葉も出てこず、
立ち上がると今精一杯自分が出来る
お辞儀を2人にした。



筒井さんにとってもここは
リラックスできる場所なのに、
わざわざ仕事帰りのオフに
連れてくるなんてやっぱり
とても大切な人に違いない


キスだって抱き締めるのだって
出来てしまうくらいだから
私なんかよりもきっと‥‥


『‥‥‥いさ』


『Quelle magnifique boutique!
 Je suis heureux que vous ayez présenté vos boutiques préférées.』
(なんて素敵なお店なの!
 あなたのお気に入りの場所に
 連れて来てくれて嬉しいわ!)


また私の目の前で筒井さんの首に
両腕を回し思い切り抱きつく彼女に
耐えられず、お辞儀をすると
鞄を掴み喫茶店から飛び出していた