君を、何度でも愛そう。




あたしはあの日、傷を負った。

治しようのない傷。

その傷を負ったまま、あたしは君に出逢った。

君と出逢って、あたしは初めて恋をした。


――最初で最後の、恋でした。



『京。あなたは綾にとって、誰よりも本当に大きな大きな、大きな存在だったよ。きっと感謝してもしきれないくらいの愛をもらった』



本当に、幸せだった。

君に愛されて、君を愛して。


だけどあたし達を待っていたのは幾度となく重なる、困難。



『……俺じゃダメだが。でも逢いたくて。……調べるんじゃなくて、わかってあげたいけん。綾の全てを』



どれだけ泣いて、笑っただろう。

どれだけ君を、想っただろう。

どれだけ君を、愛しただろう。


幼いからこそ、子供だからこそ。迷って、戸惑って、ためらって、傷付けて傷付いて、足踏みしてきたね。



だけどきっと、気付く時が来る。


どんな困難が待ち受けてようとも。つらく、悲しいことがあったとしても。



君となら、乗り越えて行ける。

共に、歩いて行ける。



君の未来にあたしがいるように。

あたしの未来にも、君がいるから。




だから、ねぇ。

誓うよ。


何があったって。




『君を、何度でも愛そう。』



  ・
  +.゚
  。☆
  ・


孤独だった綾の前に現れた君はとても眩しくて。


綾は導かれるように、恋をした。


『京は……いなくならない?』

『ずっと一緒におる。守っちゃる。俺が綾にとって、何よりも大きい存在になっちゃるけん』
 


――綾の幸せはね?
――ん。
――京と一緒にいること。



初めての恋。幸せな日々。

だけど綾の存在は、京を困らせるだけだった。


『いつ死ぬか、分かんないの』


京は綾の全てを受け入れてくれた。


『一生涯変わらない、約束』


こんなに好きな人、二度とできない。本気でそう思った。

でも、ずっと一緒と誓った綾たちを待っていたのは、別れ。


《約束守れなくてごめん。

 だけど

 約束を守ることを誓うよ。》


京を失いたくなかったのに、気付いた時にはもう、何もかも手遅れで。


手を伸ばせば届く距離にいたのに、ぬくもりを求める手は行き場を失った。


考えても考えても、京と過ごした日々が鮮明に蘇る。



『……京』


逢いたい……。




【第1部:だからこそ】





──眩しい……。


夢か現か分からないまま、ゆっくりと目を開ける。


……あ、もう朝だ……。


まだはっきりしない頭で、カーテンのない窓を見ながら思った。


だるさが残る体を起こして、無数の積み上げられた段ボールとベッドしかない部屋をゆっくり見回す。


───コンコン。


ドアの外から、聞き馴れた声が聞こえた。


「綾。起きたか? ご飯できたよ」


パパ、早起きだな……。


「ん……起きたよ。今行く」



ゆっくりとベッドから降りて薄いピンク色のワンピースに着替え、リビングへと向かった。



リビングに降り、キッチンで朝食の用意をするパパに眠い目を擦りながら声をかける。


「おはよー……」

「おはよう。昨日はよく眠れた? 最近引越しの準備でろくに寝てなかったでしょ」


──引越し。


その言葉を聞いて思わずドキリとし、椅子にかけた手が一瞬止まった。



そうだ……。今日、引っ越すんだよね。まだこの家にいたいな……。



「綾?」

「えっ?」


顔を上げると、パンを乗せた皿を持ったパパが心配そうに眉を下げて顔を覗いてきた。


「どうした? 具合……悪い?」


慌てて「違う違う」と両手を振って、皿を受け取る。


「眠くてぼーっとしてただけだよ。早くご飯食べよっ! お腹空いた!」



いつもと変わらない笑顔で答えると、パパは安心したように微笑み、ふたり向かい合って少し焦げたパンをほうばった。



「綾、ごめんな……」


突然のパパの言葉に、目を丸くしながら答える。


「何が?」


パパは気まずそうに、視線をできるだけ合わせながら言った。


「引越しのこと。……本当は綾が小学校卒業したらって思ってたんだけど。仕事のせいで……ごめんね」


綾……顔に出てたかな……。

そう思って、すぐに満面の笑顔をつくる。


「大丈夫だよっ。4年生になる前だし、新学期には間に合ったんだもん! 空気綺麗なとこなんでしょ? 新しい学校楽しみ」

「そっか……。でも田舎だし、楽しみといっても周りには森くらいしか……」


まだ続けようとするパパの言葉をさえぎる。


「もう引越し屋さん来るよっ! ほら、お皿片しちゃお!」


それ以上、パパは何も言おうとしなかった。


朝食の片付けをするパパの背中を見つめる。



……ごめんねパパ。

綾のせいで、心配させちゃってるんだよね?


綾がママばかり好きだから、パパに気を遣わせちゃってるんだよね。


綾はパパも大好きだよ。優しくて、自分に厳しいパパ。それなのに、綾ばかりわがまま言ってられないよ。



ママと過ごしたこの家を、離れたくないなんて……。



……ママ。


今、どこにいる……?



目を閉じればいつだって思い出す。ママの優しかった笑顔。


ジンワリと目頭が熱くなった。


泣いちゃいけない。そう言い聞かせて、片づけをするパパをもう一度見てからソファーに腰掛けた。



……パパと決めたの。これからは、ふたりで強く生きていくって。


ママが守ってくれたこの命を、絶対大事にするって……。





――ママは、綾が6歳の時。4年前に事故で亡くなった。


対向斜線の車が居眠り運転をしていたらしく、綾たちのほうへ突っ込んできたために起きた交通事故。


その日は雨で、ママとふたりで買い物をした帰りだった。


今でも鮮明に覚えているのは、綾の上に覆いかぶさった血まみれのママの笑顔。


──大丈夫?──


繰り返されたその言葉以外、何も覚えていない。


ワンピースの裾をギュっと握りしめる。


ママ……今、どこにいるの……?


綾のこと、見守ってくれてる……?


ママ……苦しい……。



……寂しいよ。

――――――…


「三波さん。これで終わりでしょうかっ?」


朝食を食べ終わってすぐ引越し業者の人が来て、まとめた荷物をトラックに乗せていった。汗を滴らせた業者の人に、パパは微笑む。


「はい。よろしくお願いします」


パパが言うと、業者の人はお辞儀をして出ていった。


日当たりの良いリビングには、何もなかった。もちろん、この家にあった物全て。


「綾、昼過ぎには出るから準備しといてね?」


ポケットから煙草を出しながらパパは言い、綾は静かに頷き、落ち着かないように髪を触る。


「ここで吸っていいよ」


パパは何も言わずにただ静かに微笑み、窓の外へ向かった。


「いいって言ってるのに……」


パパのバカ。気、遣いすぎだよ。


「……あ」


パパに不満を感じたことであることを思い出し、キッチンへと足を運ぶ。


置いてある紙袋を手慣れた手つきで取ると、中から数種類の薬を出した。