「さて、これからなにをしよっか」

「やっぱり、夜は恋バナでしょ!」

「夜だし、怪談話っていうのもありかもね」

 私たちは布団の中でそんな話をして盛り上がっていた。

 今日は待ちに待った修学旅行だ。

 テンションだって上がるし、普段はしないような話をして盛り上がりたい。

 そんな事を考えているのは私だけではないと思う。

 一日目の予定を無事に終了した私たちは、お風呂上りに旅館の部屋で夜を楽しく過ごしていた。

 色んな事を知っている春香ちゃんに、恋愛話が好きな茜ちゃん、怖い話が好きな玲香ちゃん。

 そこに私、麻里奈を加えたいつもの仲良し四人組。

 楽しくトランプをしているとすぐに消灯時間になってしまい、私たちは電気を消した状態で布団を寄せ合ってそんな話をしていた。

「えぇ、玲香ちゃんの怖い話を聞いた後に寝られるかなぁ」

「寝られなくなったら、もっとお話しできるし、むしろいいんじゃない?」

 私がそんな不満を口にすると、玲香ちゃんは得意げに笑みを浮かべる。

 前に春香ちゃんの家に泊まったとき、玲香ちゃんの話した怪談話が怖すぎて朝まで寝られなくなったことがあった。

 あのときの二の舞にはなりたくはないと思ったのだが、玲香ちゃんは得意げな顔で言葉を続ける。

「実はとっておきの話があるの。この旅館に関することなんだけどね」

「あぁ、始まっちゃった」

「えー、恋バナしないの?」

 玲香ちゃんは話し始めたらもう止まらない。

 今までも何度か止めようとしたけれど、無意味に終わったことばかりだった。

 それを知っている春香ちゃんと茜ちゃんは不満げな顔をしながら、玲香ちゃんの話に耳を傾ける。

 私も仕方なしといった感じで、玲香ちゃんの話に耳を傾けることにした。

「異世界エレベーターって知ってる?」

「異世界エレベーター?」

「なにそれ?」

「異世界ってなに?」

 玲香ちゃんの言葉に私と春香ちゃん、茜ちゃんは順々にそんな言葉と共に首を傾げる。

 私たちの反応が良かったのか、玲香ちゃんはニッと笑ってから言葉を続ける。

「エレベーターである方法を試すと、そのまま異世界に行けるんだって! 今私たちがいるのとは違う世界に行けるの!」

 玲香ちゃんは顔をキラキラさせて、私たちを見る。

「異世界って、アニメとかの世界のこと?」

「えー、この場合は絶対違うでしょ」

「うーん。そんなことができるなら、気にならないことはないかも」

 私と春香ちゃん、茜ちゃんが順々にそんな反応を示すと、玲香ちゃんは茜ちゃんのことをバッと勢いよく見る。

「気になるよね! それなら、今日この旅館で試してみない?」

 ……また玲香ちゃんが変なことを言い始めた。

 以前もこんな話の流れで肝試しに連れていかれたことがあったのだ。

 そのときも、数日間は怖くて鏡を見れない日々が続いたりした。

 私はその時の日々を思い出しながら、ジトっとした目を玲香ちゃんに向ける。

「試しにって、そういう話って全部のエレベーターでできるわけじゃないでしょ?」

「そうなんだよ、麻里奈ちゃん。全部のエレベーターではできないんだけど、ここのエレベーターならできると思うんだ!」

「どういうこと?」

 玲香ちゃん待っていましたとばかりに顔を輝かせると、スマホを少しいじってからその画面を私たちに見せる。

「なにこれ? 『ホテル宿泊者が行方不明』?」

「そうなの。十年以上前にこの旅館のすぐ近くのホテルで行方不明者が出たんだって! 多分、その人は異世界に行っちゃったんだよ!」

 玲香ちゃんが私たちに見せてきた記事は、宿泊客が数名行方不明になったというものだった。

 でも、その記事のどこを見ても異世界に行ってしまったという文言はない。

「えーと、異世界に行ったてっいう根拠は何かあるの?」

「そんなのないけど……でも、ほら。掲示板とかではそういう話で盛り上がってるんだよ!」

 玲香ちゃんはそう言うと、スマホの画面を切り替えて匿名掲示板の画面を私体に見せる。

 すると、そこには行方不明者に関する色んな考察が書かれていた。

 しかし、そのほとんどがオカルト的な物ばかりで、信憑性に欠ける物ばかりだった。

 でも、少し不謹慎な気はするけど、読み進めていくと少しだけ興味が湧いてしまうのも分かってしまう。

 私たちの表情から何かを感じ取ったのか、玲香ちゃんは体をぐっと前のめりにする、

「だからさ、深夜になったら試しに行かない? みんなが来ないなら、私一人でも行くけど!」

「えー、さすがに、深夜に玲香ちゃんを一人で行かせるのは気が引けるなぁ」

 行く気満々の玲香ちゃんを見て、困った表情で春香ちゃんが私を見てくる。

 そういえば、前もこんな感じで肝試しにも連れていかれたんだっけ?

 私はそんなことを思い出してから、溜息を漏らす。

「はぁ、分かったよ。やってみよ。それで、何もなかったらすぐに寝ようね」

「まぁ、みんなが行くなら私も行ってもいいけど。それじゃあさ、それまでは恋バナしよ! 恋バナ!」

 やったぁと喜ぶ玲香ちゃんの隣で、今度は茜ちゃんが顔を輝かせていた。

 さすがに、玲香ちゃんの提案を受け入れた後に、茜ちゃんの提案を受け入れないわけにはいかないよね。

 こうして、私たちは深夜になるまで恋バナに華を咲かせることになったのだった。



「本当に先生たちにばれないかな?」

「大丈夫。だって、このまま行けばすぐにエレベーターだから」

 心配そうにあたりをきょろきょろと見る春香ちゃんに、玲香ちゃんは得意げな笑みで答える。

 私と茜ちゃんは目を擦りながら、そんな二人の後ろをついていった。

「やっぱり、眠いね」

「だって、今二時でしょ? こんなに遅い時間にしなくてもよかったのに」

 私たちが不満げにそう言うと、すっかり目が覚めている玲香ちゃんが私たちの方に振り向く。

「午前二時は怖い話の定番だからね! 検証するなら、本気でやらないと!」

 玲香ちゃんはそう言うと、私たちの手を取ってエレベーターまで小走りで引っ張っていった。

 そして、エレベーターのボタンを押してエレベーターを私たちがいる階に止めると、乗り込むなり、玲香ちゃんは四階のボタンを押した。

「四階に異世界があるの?」

「違うってば。茜ちゃん、私の話聞いてなかったでしょ?」

 茜ちゃんがぼぅっとした様子で聞くと、玲香ちゃんは少し目を細める。

「異世界に行くには正しい手順でエレベーターを押す必要があるの。ちょっと待っててね」

 玲香ちゃんはそう言うと、四階にエレベーターが着くなり二階のボタンを押した。その次は六階、その次に二階、十階とボタンを押していく。

 その間、エレベーターがボタンを押した階に止まっても、玲香ちゃんは一度も降りようとはしなかった。

「ねぇ、これって悪戯してるって怒られたりしないかな?」

「大丈夫、大丈夫。もうすぐ終わるから」

 玲香ちゃんはそう言うと、次に五階のボタンを押した。

 ボタンを押した後、玲香ちゃんはあっと何かを思い出したような言葉を漏らしてから、私たちを見る。

「次に女の人が乗ってくると思うけど、見過ぎないでね。その人、人間じゃないから」

「え、人間じゃないってどういうこと!?」

「あくまで、成功した場合だから。女の人が乗ってきたら、本当に異世界まで行っちゃうかもよって話」

 玲香ちゃんはおどけるように笑って、取り乱した春香ちゃんを見る。

 その言葉を聞いて、私たちは胸をなでおろした。

 まだ頭が寝ぼけているせいか本気にしそうになったけど、普通に考えたらありえない話だ。

 ただエレベーターのボタンを適当に押しているだけで、異世界なんかに行けるはずがない。

 そう思いながらも、私は玲香ちゃんの発言のせいですっかり目は覚めてしまって、鼓動がどくどくと速くなっているのを感じていた。

「え?」

 私が深呼吸をして呼吸を落ち着かせていると、エレベーターは五階でチンっと音を立てて止まった。

 玲香ちゃんが何か驚いている?

 そう思って顔を上げようとしたとき、開いた扉から若い女性がエレベーターに乗り込んできた。

 何か普通とは違う雰囲気を纏っている気がして、私たちは動くこともできなくなる。

『次に女の人が乗ってくると思うけど、見過ぎないでね。その人、人間じゃないから』

 そして、私の脳内では先程の玲香ちゃんの言葉を思い出していた。

 ひ、人じゃないの? さっき乗ってきた人って。

 私が少しだけ振り返って確認しようとした瞬間、玲香ちゃんは慌てるように一階のボタンを押した。

「はっ……はっ」

 私は鼓動の音を激しくさせながら、息も荒くしながら目をきゅっと閉じる。

 余計な物を見ないように、人間じゃない人を見ないように強く目を閉じる。

 お願い、早く止まって!

 チンッ。

 そして、そんな音ともにエレベーターの扉が開いた瞬間、私はダッシュでエレベーターから下りた。

「え、ちょ、ちょっと! 麻里奈ちゃん!!」

 私を制止する声を振り切って、勢いよく飛び降りた先に広がっていた景色は――。

「よ、よかったぁ。ただの旅館じゃん」

 ただ真っ暗な旅館の廊下が広がっているだけだった。

 私はヘロヘロとしながら、その場にへたり込む。

「なんだぁ、何もないじゃん。びっくりしたよ」

「本当にびっくりしたぁ。玲香ちゃん、驚かせすぎぃ」

 私に続くように私の隣にへたり込んできたのは、春香ちゃんと茜ちゃんだった。

 どうやら、二人とも途中で乗ってきた女の人のせいで、本当に異世界に連れていかれたと勘違いしてしまったみたいだった。

「あ、あれ? おかしいな。本当にただの旅館……」

 玲香ちゃんは私たちに続くようにエレベーターから下りてから、ピタッと止まって表情を固まらせる。

「なに? 私たちをこれ以上驚かせる気なの?」

 私が呆れるようにそう言うと、玲香ちゃんは顔を引きつらせる。

「わ、私、一階のボタンを押した! それなのに、じゅ、十階にいるっ」

 脅えている凛花ちゃんの視線の先を追うと、エレベーターが何階にいるのかを示すランプは十階を示していた。

「え? あ、本当だ。あれ?」

「押し間違えたんじゃないの?」

 春香ちゃんと茜ちゃんのそんな言葉を聞きながら、私は寝る前に玲香ちゃんが熱弁していた言葉を思い出す。

『最後に一階を押した後に、十階に止まるの! そしたら、そこが異世界だから!』

 そんな熱弁をちゃんと聞いていたのは私くらいで、二人は早いうちに寝落ちしてしまっていた。

 ということは、ここが異世界?

 いや、とてもそんなふうには見えないんだけど。

「何かあったのかい?」

「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」

 私たちは突然かけられた言葉に驚いて、悲鳴を上げてしまった。

 そんな私たちの視線の先にいたのは、白髪頭の優しそうなおばあさんだった。

「ど、どうしたんだい。そんなに驚いて」

 おばあさんは私たちに優しく声をかけると、心配そうに私たちの顔を覗く。

「え、あ、えっと」

「子供がこんな時間に何してるんだい? とりあえず、私の部屋に来るかい?」

「あ、ありがとうございます」

 私たちは顔を見合わせてから、そのおばあさんの好意にありがたく甘えることにした。

 すぐに元の階に戻ってもいいんだけど、少し落ち着きたいという気持ちがあったからだ。

「び、びっくりしたぁ。玲香ちゃん、異世界とかふざけたこと言うから」

「ね。話しかけてくれた人も、礼儀作法とかに厳しそうな人じゃなさそうだし、よかったよ」

 私が胸をなでおろすと、私の隣で茜ちゃんが同じように胸をなでおろす。

 礼儀作法?

 そんなやり取りあったかなと思って私が首を傾げると、茜ちゃんは小さく笑みを浮かべる。

「あの人、浴衣が左前になってるでしょ? 昔の人って、あの着方は縁起が悪いって怒る人もいるんだって。意味分からないでしょ、そんな人。そんな人じゃなくて良かったって意味」

「え、」

 私が思わず声を漏らすと、おばあさんはそっと私たちの方に振り返った。

 ……私たちと一緒にエレベーターに乗っていた女の人はどこにいたのか。

 その疑問は思ったよりも早く解消されるのだった。