「つ、ついに来ちゃいました! 旧校舎!」

 私は声を裏返させながら、数時間粘ってピッキングに成功した旧校舎の入り口の扉を開ける。

 そして、片手にスマホを、もう片手に懐中電灯を手にして、私は実況でもするかのようにゆっくりとスマホのカメラを回す。

 上手くできているかどうかは分からないけど、私が見た動画配信者はこんな感じで動画を撮っていた気がする。

 最近、人気の動画配信者が肝試しをやっていたのを目にした。

 夏ということもあってその動画を観る人が多く、再生回数はもうすぐ百万再生に届きそうになっていた。

 百万再生も動画が再生されたら、どれくらいのお金を貰えるんだろう。

 私はインターネットを駆使して、再生回数から貰えるお金を逆算した。

 その結果、こうして動画配信デビューをすることになったのだった。

「よく深夜の旧校舎に忍び込むよね。カメラまで回して、怖くないの?」

「すべてはお金のため! い、いや、スリルを求める視聴者のため!」

 私は自身を奮い立たせるためにそう言って、真っ暗な廊下を懐中電灯片手に歩いて行く。

 私が見た動画配信者たちは、地元で有名な心霊スポットに行って動画を撮影していた。

 本当なら、そっちの方が動画を観てくれる人も多いかもしれない。

 でも、それは車で移動できる大人ならではの方法だ。

 廃墟で肝試しをし終えてから、徒歩とか自転車で心霊スポットから帰れるほど私の肝は据わっていない。

 それに、私はそんな有名な心霊スポットにわざわざ行かなくても、ちょうど良い居場所を知っているのだ。

 私は小さく咳払いをしてから、スマホでぐるっと辺りを撮影する。

「なんと私が通っている学校の旧校舎、幽霊が出るって有名なんです! きっと、皆さんが想像している以上に怖い映像が撮れますよ!」

「いやー、少しハードル上げ過ぎな気がするけどなぁ」

 最近知ったことだけど、どうやら私の通っている学校は少しいわく付きらしい。

 詳しいことは分からないけど、この学校は幽霊が出ることで有名みたいだ。

 そんなビックチャンスが転がっているのなら、カメラを回さないわけにはいかない!

 すべては、お金のために!

「それじゃあ、まずは定番の女子トイレにいると言われている『トイレの花子さん』を呼んでみましょう!」

「えー、いないってトイレの花子さんなんて」

 私は時々裏返りそうになる声を何とか抑えながら、軋む廊下を歩いて女子トイレへと向かっていった。

 そして、 階段を上って少しいったところにあった女子トイレに入った私は、ピタッと足を止めてしまった。

「うわぁ……こわっ」

 思わず心から漏れたような声が出た。

 古びた和式のトイレは汚くはないが、年季が伝わってくるほど古びていた。

 どうせいないだろうと思ってここまで来たけど、本当に出てきそうだ。

 ホラー映画のセットみたいな凄味さえ感じる。

「怖いならやめときなって、あとで本当にカメラに何か写ってるかもしれないよ」

「ここまで来て逃げるわけにはいかない! とにかく、検証してやりますよ!」

 私は速まる鼓動を誤魔化すように声を上げて、震える手で三番目にある女子トイレの個室のドアを三回ノックした。

 私はスマホをトイレの方に向けて、生唾を呑み込んでから今にも上擦りそうな声を漏らす。

「は、花子さん、いい、いらっしゃいますか?」

 私は心臓をバクバクとうるさくさせながら、反応があるのを静かに待った。

 すると、突然私のノックしたトイレの扉の下から黒い何かが勢いよく飛び出てきた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわっ、びっくりしたぁ。驚き過ぎでしょ、ネズミか何かだって」

 私は黒い何かに驚き、スマホ投げて尻餅をついてしまった。

 慌てて懐中電灯でその黒い何かを照らすと、その黒い何かは勢いよくトイレから出ていった。

「ぽ、ポルターガイスト」

「いや、だからネズミとかだってば」

「あっ、す、スマホッ!」

 私はスマホを投げてしまったことを思い出して、慌ててスマホを拾って画面にひびが入っていないかを確認する。

「よかったぁ、ヒビは入ってないみたい」

「なんで座ったまま移動? もしかして、腰抜けちゃった?」

「えへへ、し、しばらく動けないのでこのままで」

 私は腰が抜けたことを画面越しに悟られないように、小さく笑ってから這ってトイレを後にした。

 さすがに、立てるようになるまでトイレで座り込むほどの勇気はなかった。



「つ、次は音楽室です! 音楽家の肖像画や人がいないのに鳴るピアノなど、色々な怖い話の定番です!」

「懲りないねー。ていうか、ここにあったピアノって今は新校舎の方で使ってるんじゃないの?」

 私は少し休んで立てるようになってから、再びスマホで撮影を開始した。

 少し大きめに声を張って怖さを誤魔化しながら廊下を歩いて行くと、『音楽室』と書かれたプレートの前に到着した。

 私は抜き足差し足で音楽室の扉に近づいて、耳をつける。

 ……うん。どうやら、何も聞こえてこないみたいだ。

 私は再びカメラを音楽室に向けてから、声を潜める。

「ピアノの音は……聞こえないですね。ちょっと入ってみましょうか」

 私はゆっくりと音楽室の扉を開けて、中をきょろきょろと見る。

「あれ? 何もない」

「ほらね。楽器とかを使ってない旧校舎に置いておくわけないじゃん。高いんだから」

 音楽室の中は『音楽室』というプレートがなければ、音楽室だと分からないくらい他の教室と変わらない部屋だった。

 中に入って辺りを懐中電灯で照らしてみるが、怖い話に出てくるようなアイテムは何もない。

「うーん、特に何も起きませんね。次の部屋に行きますか」

 ガタガタッ。

 しかし、私が油断した次の瞬間、窓が音を立てて揺れた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわっ! び、びっくりしたぁ。ただ風で窓が揺れただけでしょ。変に騒がないでよ」

 私は突然揺れた窓の音に驚いて、尻餅をつく。

 危うく落としそうになったスマホをなんとかキャッチしてから、私は恐る恐るスマホを窓の方に向ける。

「ぽ、ポルターガイストだ」

「いや、だから風だってば」

 私は数回転びながらなんとか音楽室を後にすると、慌てるように階段を駆け下りるのだった。



「最後は理科室です! 走る人体模型、ホルマリン漬けから抜け出す生き物たち! これも定番と呼べるでしょう!」

「懲りないねー。どうせ何もないってば」

 私は美術室とか家庭科室とかを色々と見て回ったあと、理科室の前に来ていた。

 私はスマホで撮影をしながら理科室の扉を開けて、理科室の中を外からきょろきょろと見て何か怖いものがないかを確認する。

「急に人体模型が走ってきたりしないよね?」

「あ、あそこにあるじゃん。人体模型」

 私は懐中電灯で暗い理科室を照らしながら、ゆっくりと理科室の中を歩いて移動する。

 辺りを見渡しながら歩いていると、突然ヌッと黒い影が私の前に立った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ちょっと大きい声出さないでよ」

 尻餅をついて驚く私の目の前には、私を見下ろす形で見ている古びた人体模型があった。

 不気味な雰囲気を漂わせて、ただ静かに私のことをずっと見ている。

「な、なんでこんな所に人体模型が……」

「いや、自分で近づいてきたんでしょ? ていうか、さっき人体模型があること言ったんだけど?」

 私は尻餅をついたまま後退ってスマホを回収してから、急いで理科室を後にした。



「以上! 今日の肝試し企画は終了です!」

 私は最後にそう言って、スマホでの動画撮影を終了した。

「これだけ撮れ高があれば、きっと再生回数も伸びるはず!」

 私は旧校舎の廊下を歩きながら、小さくガッツポーズをする。

 ポルターガイストが何回も起きたし、伝説の動画が撮れたかもしれない。

 それに、私には見えなかっただけでスマホの画面には何か霊的な物が写っているかもしれないしね。

 一人で旧校舎に忍び込んでカメラを回したのだ。

 これだけ怖い思いをしたのだから、何か写ってくれていないと困るというもの。

「うん。いちおう、動画チェックだけしておこうかな?」

 私はそんな独り言を漏らしてから、動画の再生ボタンを押した。