「久しぶりに見た母親はすっかり老けていた。丁度息子の結婚式の日だったようで、とても幸せそうな顔をしていた。俺のことや死にかけたことを忘れたように……」

 実の母親に化け物と呼ばれ、咎人として妖力と住処を失い、あやかしどころか家族にさえ嫌われて、どこにも居場所が無い傷心の春雷。
 そんな春雷とは対照的に、何事もなかったように息子の晴れの日を祝う母親と、愛する伴侶と共に新しい生活に向けて歩み始める幸せの絶頂にいる父親違いの弟。
 事故に遭って死ぬ寸前だったことや、助けた春雷に感謝を忘れた二人だけが幸福を享受しようとしていた。
 そんな二人の姿を遠くかくりよから見ていた春雷は、きっと悔しかったに違いない。
 
「母親の姿が消えて、ただの鏡に戻った時、映ったのは俺だった。自分の姿を見て、化け物と呼ばれた時を思い出した。人間の母親そっくりの顔をしていながらも、人間じゃなくて犬神の俺……。もし犬神じゃなくて人間として産まれていたら、俺を息子と呼んでくれたのか。母さんと呼んでも答えてくれたのか。俺を家族として抱きしめてくれたのだろうか。そんな考えばかり浮かんできたな。意味ないって分かっているのに……」

 春雷は鼻を鳴らすと、過酷の自分を嘲笑する。
 
「苦しくなって、何もかもが嫌になった。もう母親の姿も自分の顔も見たくなかった。それで鏡を割ったんだ。それからは一度も母親の姿を見ていない」

 犬神としての自分を春雷は誇りに思っていた。それが化け物と言われて存在を否定されてからは自信が無くなった。
 望みもしないのに犬神の子供を生まされた母親から否定されただけではなく、妖力を失ったことで父親からも見放されてしまった。
 春雷がいなければ、家族はかくりよを転々と移り住む必要は無かった。今も最初の村で幸せに暮らしていただろう。札付きとなった春雷はただのお荷物。家族の足枷だった。
 両親に存在を否定され、周囲からも拒絶された時、子供は何を寄る辺にすればいいのだろう。
 
「妖力を失ってあやかしの仲間にも入れてもらえず、だからといって人間でもない。どこにも混ざれないはみ出し者だよ、俺は。……悪かったな。そんな俺の子供を産まされて。全部終わったら、必ず無かったことにする。この話しも……」
「な、んで……なんでそんな平気そうな顔をするの……。怒っていいんだよ!? 泣いたっていいんだよ!? 春雷は……春雷は悪くないのに……。お母さんと弟を助けただけなのに、なんで……。なんで一人でこんな思いをしなきゃいけないの……!」

 華蓮の目に涙が溜まる。母親や家族のことを話している時の春雷はどこか諦めているようにも、冷めているようにも見えた。それでもどこか哀愁漂うのは何故だろう。
 春雷は自分の過去を悲観することも、恨むことも、同情を求めることもなかった。ただ過ぎたことを淡々と話すだけ。それなのに外を見ながら話す横顔には寂寥感が滲んでいた。
 それはきっと――。

(寂しいんだ。誰にも受け入れてもらえなくて、ずっと一人で暮らしていて、孤独を感じているんだ)

「久しぶりに見た母親はすっかり老けていた。丁度息子の結婚式の日だったようで、とても幸せそうな顔をしていた。俺のことや死にかけたことを忘れたように……」

 実の母親に化け物と呼ばれ、咎人として妖力と住処を失い、あやかしどころか家族にさえ嫌われて、どこにも居場所が無い傷心の春雷。
 そんな春雷とは対照的に、何事もなかったように息子の晴れの日を祝う母親と、愛する伴侶と共に新しい生活に向けて歩み始める幸せの絶頂にいる父親違いの弟。
 事故に遭って死ぬ寸前だったことや、助けた春雷に感謝を忘れた二人だけが幸福を享受しようとしていた。
 そんな二人の姿を遠くかくりよから見ていた春雷は、きっと悔しかったに違いない。
 
「母親の姿が消えて、ただの鏡に戻った時、映ったのは俺だった。自分の姿を見て、化け物と呼ばれた時を思い出した。人間の母親そっくりの顔をしていながらも、人間じゃなくて犬神の俺……。もし犬神じゃなくて人間として産まれていたら、俺を息子と呼んでくれたのか。母さんと呼んでも答えてくれたのか。俺を家族として抱きしめてくれたのだろうか。そんな考えばかり浮かんできたな。意味ないって分かっているのに……」

 春雷は鼻を鳴らす。きっと過酷な状況に置かれた自分を嘲笑したのだろう。
 
「苦しくなって、何もかもが嫌になった。もう母親の姿も自分の顔も見たくなかった。それで鏡を割ったんだ。それからは一度も母親の姿を見ていない」

 それまで犬神としての自分を春雷は誇りに思っていた。それが化け物と言われて存在を否定されてからは自信が無くなった。
 望みもしないのに犬神の子供を生まされた母親から否定されただけではなく、妖力を失ったことで父親からも見放されてしまった。
 春雷がいなければ、家族はかくりよを転々と移り住む必要は無かった。今も最初の村で幸せに暮らしていただろう。札付きとなった春雷はただのお荷物。家族の足枷だった。
 両親に存在を否定され、周囲からも拒絶された時、何を寄る辺にすればいいのだろう。
 
「妖力を失ってあやかしの仲間にも入れてもらえず、だからといって人間でもない。どこにも混ざれないはみ出し者だよ、俺は。……悪かったな。そんな俺の子供を産まされて。全部終わったら、必ず無かったことにする。この話しも……」
「な、んで……なんでそんな平気そうな顔をするの……。怒っていいんだよ!? 泣いたっていいんだよ!? 春雷は……春雷は悪くないのに……。お母さんと弟を助けただけなのに、なんで……。なんで一人でこんな思いをしなきゃいけないの……!」

 華蓮の目に涙が溜まる。母親や家族のことを話している時の春雷はどこか諦めているようにも、冷めているようにも見えた。それでもどこか哀愁漂うのは何故だろう。
 春雷は自分の過去を悲観することも、恨むことも、同情を求めることもなかった。ただ過ぎたことを淡々と話すだけ。それなのに外を見ながら話す横顔には寂寥感が滲んでいた。
 それはきっと――。

(寂しいんだ。誰にも受け入れてもらえなくて、ずっと一人で暮らしていて、孤独を感じているんだ)

 人は集団の中でより孤独を感じると言われている。
 春雷が完全な一人だったら孤独を感じなかっただろう。けれども近くに村があって、営みを感じられる場所があった。
 春雷が世捨て人のような生活を送っていたとしても、幸せそうな雪起や村人たちの姿を見てしまえば、自分の置かれた状況と比較せざるを得ない。
 身近に集団があるのに、仲間に入れてもらえないというのは、手が届きそうな場所にあるのに届かないのと同じくらいもどかしい。
 しかもそれが偶然ではなく、負い目や罪悪感などの弱味につけ込んで意図的にしていると分かっているからこそ、やるせなさを感じてしまう。
 もしかすると妖力を失ったあやかしにこの家を与えているのは、善意ではなく悪意からかもしれない。春雷に孤独を感じさせることで、罪を犯した自分の存在に苦しみ、自らここを去るように仕向けた罠なのかもしれなかった。