今日はリコに会いに行く日だ。僕のポケットにアンナの店で買ったガラスの小瓶が入っている。午前の講習を受け終わって教室を出ると後ろにくっついている人影がある。

「フウタ、抜け駆けしようとしちょらんやろうね」

 振り返ると、なんだか嬉しそうなアンナがいた。アンナは僕の後ろに並ぶ。

「なんや、ほんとにくるんか」

「だって面白そうやっちゃもん」

 僕らは、部活に向かう奴らの波に逆流して歩いて行く。

「2時からやぞ」

「あんたの家でご飯たべるわ」

「勝手やな」

 向かいからやって来る奴らに冷やかされる。

「なんやお前らついに付き合ったんか」

「年貢の納め時か」

「うるさいわ、いつものことやろ」

 アンナは何も言わずに横を歩いている。

「アンナ、お前も否定せんと、本当に付き合ってるみたいやろ」

 アンナは僕を少し見上げると、口角をあげて笑う。

「言いたい奴には言わせとけばいいとよ」

 僕らは人の波をかき分けて外へ出た。



 僕の家で、アンナはそうめんを食べて約束の時間まで漫画を読んで時間をつぶした。居心地がいいのか、アンナは小さい頃から遊びに来る。アンナとは、保育園のころからの仲だ。アンナも小学生のころまでは、一緒にサーフィンをしていたが中学に上がると同時にバスケを始めてとんとサーフィンはしなくなった。それでも、こうしてちょくちょく上がり込んでは漫画を読んでいる。時計は2時の5分前を差すところだった。

「そろそろ行くよ」

 僕は勉強机からベットで寝ころんで漫画を読んでいるアンナに声を掛ける。

「えー、もうちょっと」

「なんいいよっとね、はよ」

 アンナはベットから勢いよく起き上がる。

「はいはーい」

 僕らは、家を出て、国道を潜る道を通る。アンナは思いだしたように呟く。

「この道、なんかドキドキせん?嫌なドキドキ」

「そう?」

「この道、あの病棟にしかつながらんし。あの病棟に近づいたらてげ怒られるし」

「うわ、懐かし。そういえば、探検したな、ここらへん」

「そう、うちのお父さんに見つかって大変やったわ」

「ボコボコにされたもんな」

「あそこには絶対近づいたらいかんってね」

「まだお前の父さんが話しかけてくると震えるもんな」

 話しているといつのまにか通路を抜ける。日差しは今日も強い。いつもの高いフェンスが見える。

「うわー、こんなんやったっけ」

 近づいて行くと今日もフェンスに寄り掛かっているリコが見えた。リコも僕を見つけて、大きく手を振る。僕は小走りになりそうなのをなんとか堪えて歩いていった。

「お待たせ」

「うん、五日も待った」

「約束通りやがね」

 リコは今日も水着に白のパーカーを羽織っていた。リコの足元のホースからは水が流れている。リコの足は気持ちよさそうにその流れに収まっていた。水の流れはコンクリートの壁を伝って、僕の真っ黒なローファーのすぐ横を通って行く。

「こんにちはー」

 アンナが僕の横に立つ。アンナは僕の制服の裾を掴んでいる。リコにアンナを紹介する。

「こいつは同級生の赤園アンナ」

「よろしくー」

「私、月浜リコって言います。よろしくお願いします」

「アンナがどうしても来たいっていうもんやから」

「フウタが失礼なことせんように見はっとかんとね。やから、来たとよ」

「僕はなんもせんよ」

「どうやろか、やらしいもん、フウタは」

「勝手なこと言わんで」

 リコがおかしそうに口をはさむ。

「フウタとアンナさんは仲良しなのね」

「これはただの腐れ縁やから」

「保育園から一緒やとよ!」

「素敵!幼馴染ってやつね!憧れるわ」

「そんないいもんじゃないよ」

 リコはしゃがんで僕の目を覗き込む。彼女は僕にゆっくりと言った。

「大事にしないとだめよ」

 また僕は何も言えなくなった。リコの目はとても澄んで見えた。彼女の目がこんなに澄んでいるのはこの檻の中で綺麗なプールの水だけを見ているからだろうか。急にアンナが僕の制服の裾を強く引っ張る。

「なんや、2人ともそんなに見つめ合って。恋人みたいやん」

 僕は慌ててリコから目を逸らす。僕も、リコも、何も言えなかった。

「……なにそれ、否定せんと本当に付き合っちょるみたいやん」

 アンナは小さく呟くと、また強く僕の制服を引っ張る。

「フウタ、帰ろ」

「なんや、まだ来たばっかりやろ」

「いいから」

 リコは立ち上がる。

「それは、残念。また遊びに来てくれる?アンナちゃん?」

「わかった、気が向いたら来ちゃる。いこ、フウタ」

 アンナは僕を引っ張って国道を潜る通路へと引っ張って行く。

「リコ、また来るかいね」

 アンナの僕を引っ張る力が強くなる。

「そんな引っ張るなって、どうしたとよ、アンナ」



 僕は国道を潜る通路の中央で、アンナの手を振り解いた。通路は嫌にジメジメしていた。

「どうしたとよ、アンナ」

 アンナは僕に背を向けて立ち止まる。

「フウタ、見たと?あの子の首筋?」

「……綺麗やろ」

 アンナは振り返る。その目は水で光っている。

「分かっちょる?素人の目に見てもわかるとは末期症状やとよ?」

「わかっちょる」

「あの子もすぐよ」

「リコは、……リコはあのフェンスの中に1人やとよ」

 通路の向こうにやたらと高いフェンスが見える。

「……あそこには、2人おるよ。毎日、新聞に載っちょるの知らんの?今日は2人生存、今日も2人生存、あそこの欄がゼロになるまで毎日載るとよ。ゼロになったら、ああ、良かった、これでこの町も安心だって皆が思うんよ?皆から、はよ死ねばいいと思われちょる子よ?あんたに何が出来るとね?」

 アンナが僕の腕を掴む。

「……お願いやから、もうあの子には会わんで」

 アンナは僕の胸に顔をうずめる。小さな吐息が聞こえる。

「別に会うだけよ、なんも心配いらんて」

 僕はアンナの肩を掴んで自分の足で立たせる。

「大丈夫やから、な?」

 僕はアンナの目を見て言った。いつも強気なアンナの涙を見るのは、いつぶりだろうか。僕はハンカチを取ろうとポケットに手を突っ込む。ポケットの中には、ハンカチとガラスの小瓶が入っていた。僕はハンカチをアンナに渡す。

「僕、行くわ」

「……勝手にしないよ。私、知らんかい」

「ごめん」

「この前買った瓶、あの子入れる気やろ」

「海に撒く約束なんや」

「そんなことしたら皆になんて言われるか」

「大丈夫や、安全やから」

「それが分かるほど、皆、頭よくないし、優しくもないとよ?」

 僕はフェンスの方へと歩いて行きながら答える。

「言いたい奴には、言わせとけばいいとよ」

 歩いて行く僕の背中に、アンナが話かける。

「戻ってきないよ!」

 僕は振り返って応える。

「なんも変わらんよ」

 アンナは何か言いかけたが胸の前で小さく手を振った。



僕がまたプールの方へと向かうとフェンスに寄り掛かる人影はどこにも見えなかった。プールの前に立つが、リコはどこにもいなかった。強い夏の日差しの中、僕はポケットの中で小瓶を握りしめていた。しばらくするとプールの中から水の音が聞こえた。水面から彼女の顔が覗く。彼女は長いこと潜っていたのか息が荒かった。僕に気づいたようで、プールサイドに上がると近づいてくる。彼女は水滴を垂らしながらこちらに来る。皮膚についた水滴と、彼女の中の水が乱反射してキラキラと光っている。

「どうしたの?アンナちゃんは?」

「アンナは帰った」

「フウタはいいの?」

「渡すもんがあったの忘れちょったから」

 僕はガラスの小瓶をリコに渡す。

「かわいい、ありがとう」

 といいながらリコは小瓶を太陽にかざした。しばらく眺めた後で僕に小瓶を差し出す。

「やっぱりフウタが持ってて」

 僕は小瓶を受け取ると、またポケットに入れる。

「本当に私のこと、海に撒いてくれる?」

「約束したやろ」

「アンナちゃんに私と会うなって言われたんでしょ」

「……そうやけど、アンナはリコの事が嫌いな訳やないんよ」

「分かってる、それが普通の反応だから」

リコはしゃがんで僕の目を覗き込む。

「私たち会うのやめようか」

「なんでそうなるんや、約束したやん」

「私、アンナちゃんに嫌われたくないもん」

「僕も、リコとの約束はもう破らんて決めたとよ」

 リコはおかしそうに笑った。

「わかった、じゃ、その約束の代わりの約束をしてくれる?」

「なんや?」

「今日の夜、一緒に泳がない?満月なんだ」

「わかった」

 リコはフェンスの網目から白く細い小指を差し出してくる。

「約束ね」

 僕は優しく小指を絡ませる。

「約束」

 リコは、すぐに僕の小指から自分の小指を放すとフェンスの先に引っ込めてしまった。



 約束は今夜の10時だ。僕は国道を潜る通路でアンナに言われたことが気に掛かって今日の朝刊に目を通す。地方欄の隅に“今日の水化病患者”というコーナーがあった。そこには“第46号水化病専用病棟 大工町サユリ(20)経過観察中 月浜リコ(16)経過観察中 計2名 生存”とあった。確かにこれじゃあ死へのカウントダウンだ。リコは知っているのだろうか。きっと知っているのだろう。それでもああして気丈に笑っている。アンナの言葉が蘇る。僕はリコに何をしてあげられるのだろう。出会ってまだ1週間の僕に、なにが出来るのだろうか。

僕はベッドに寝ころんで、電灯の明かりに空のガラスの小瓶をかざす。まだ僕の小指にには、リコの小指の感覚が生々しいくらい残っている。

気が付いたら寝てしまっていた。時計を見るともう10時を5分も過ぎている。僕は慌てて干してある海パンを履いて、適当なTシャツを着る。バタバタと家を出ると、外は満月に照らされて街灯のない道でも明るかった。通路を抜けて満月の空が見えると同時にいつものフェンスが風で音を立てている。僕は息を切らしながらプールの方を見ると、パーカーを羽織ったリコが見えた。リコはこちらに気が付くと、月の灯に照らされて静かに笑った。僕は駆けよって見上げる。

「今日も来ないのかと思った」

「ちょっと遅れただけやがね」

 リコは僕と高いフェンスを交互に見比べる。

「入ってこれる?」

「楽勝やね」

 僕は、コンクリートに足を掛けて金属のフェンスをよじ登っていく。僕が足をかけるたびにフェンスは音を立てた。リコの気をつけてを三十回くらい聞いた後で、僕はついにフェンスの向こう側へ降り立った。リコは微笑むとパーカーを脱ぎ始める。

「泳ごっか」

 そういってリコは音も立てずにプールに入った。僕もTシャツを脱いで飛込板に掛けて、飛び込む。僕とリコの真上では月が光を反射させている。僕はリコの方へ歩いて真後ろに立った。初めてフェンスを挟まないで見たリコは僕よりも頭一個低い。白くて透明な肩は見上げていたときよりずっと華奢だった。リコが静かに振り返る。僕はいけないものを見ているような気持になった。リコの柔らかな髪は水分を含んで彼女の輪郭を縁取っている。

「泳がんとね?」

 突然リコは水中に潜ると、けのびでプールの中央まで泳いでいった。僕が慌てて後を追うと、リコはぷかぷかと浮かびながら月を眺めていた。僕はリコを見て言う。

「綺麗や」

 リコは月をみたまま答える。

「うん、とっても」

 僕は思いついて、浮いているリコの下に潜り込む。月の光が、リコの透けた首筋とプールの水を介して僕の目に届く。リコの首筋は月の光でキラキラと輝いていた。いつまでもこうして居たかったが、息が続かなくて立ち上がる。

「いやね、下から見上げるなんて」

 リコはそういうと、僕に合わせて立ち上がる。

「てげ綺麗やったよ」

「てげ?」

「あー、とてもって意味よ」

「へー、知らなかったー。このプールでもこんなに楽しいんだから、海ならもっと楽しいわね」

「てげ楽しいよ」

 リコは整った顔をくしゃくしゃにして笑う。

「南の海、連れてっちゃるよ。水が綺麗で魚もおるから、きっと気に入るが」

リコは水面を見ている。月光はリコの肩を通ってゆらゆらと揺れている。

「ねぇ、フウタ」

 リコは俯いたままだ。

「なんね?」

「私、醜いよね」

 僕は彼女がミニクイと言ったことを理解するのに何秒かかかった。

「綺麗やが」

 リコは自身の透けている肩を見つめる。

「怖くないの?うつっちゃうかもしれないよ?」

「普通に生活しとったらうつらんよ」

 リコの瞳は世界中の美しいものを全部集めてきたようだった。やっとフェンスがないところで会ったのに僕らは今も視線で繋がっている。

「変わってるね」

「知らんかったとね?こんなんで良かったら毎日来ちゃるよ」

 リコは真っ直ぐ僕の事を見る。

「ありがとう……けど、今日で終わりにしよ?」

「なんでね?」

 彼女の瞳から目を離せなかった。今、僕らを繋いでいるのは視線だけだ。今、目を逸らしたら本当に一生会えなくなる気がした。

「私、周りからどう見られてるかも分からない馬鹿は大嫌いだから」

「言いたい奴には言わせとけばいいがね」

「新聞とかみないの?」

「君の名前が載っとるやつやろ?」

「皆で私が死ぬのをカウントダウンしてるんだよ?そんな子と仲良くしてたら、フウタもフウタの家族も、アンナちゃんだって、どんな目に遭うか分かってる?」

「わかっちょるよ」

「嘘!」

 普段のリコからは聞いたことのない声量で発せられた。

「私、ここに来るまで何回引っ越してきたと思う?13回よ!全部、嫌がらせ。家にはペンキで落書き!ゴミもたくさん捨てられて、専用病棟には火までつけられた。……お父さんもすっかりノイローゼよ。……だから、ここで終わりにしよう?」

 リコの大きな瞳には月の引力に引っ張れた涙が浮かんでいる。

「小指を出したのはそっちやがね。……それやなのに、勝手やわ」

「それは……」

「誰かと居たかったっちゃないと?」

 リコは何も言えずに僕を見ている。僕とリコの間には、もうフェンスなんてないはずなのに、触れることができなかった。

 僕とリコの顔を人工的な光が照らす。

「こら!なんしよっと!こっちきない!」

 建物側のフェンスから僕が初めてここに来た時に会った20代くらいの若い守衛が懐中電灯でこちらを照らしていた。



 あれから僕はTシャツを着させられて殺風景な守衛室に連れていかれた。リコは着替えて来るように言われている。しばらくしたら来るはずだ。守衛室には幾つかのモニターがあり防犯カメラの映像を流している。その横には自分もモニターだと言わんばかりの顔でテレビが安いバラエティー番組を垂れ流していた。若い守衛はパイプ椅子に足を放り出して偉そうに腰掛けている。無精髭を生やした守衛は粘着質そうな口ぶりで話し始める。

「わからんではないとよ?青春って感じやもんねぇ。けど、ここ病院やから、そこを勘違いしたらあかんわ」

「すみません」

 僕が感情のない謝罪をしていると、リコが入って来る。水着姿でないリコを見るのはこれが初めてだった。リコはパステルブルーのTシャツにインディゴのジーンズを履いていた。それらはなんだか水着よりもリコの体を明確に縁取っているような気がしてどぎまぎした。リコは僕の隣に立つ。

 若い守衛は舐めるようにしてリコの事を見ると、不快な喋り方でまた説教を始めた。

「君も病人やからって何でも許されるわけやないんやから」

 リコはすいませんと言い、軽く頭を下げる。

「2人とも反省してるみたいやし、今日は僕からの注意だけにしとくわ」

 若い守衛はねっとりと笑う。その表情のまま、僕の顔を見る。

「それにしたって君もすごいやんね」

 僕は若い守衛を見る。

「一緒にプール入って、うつるかもとか思わんとね?」

 意識せず僕は座っている男の胸倉を掴む。男の座っていたパイプ椅子が音を立てて倒れる。

「お前、リコがどんな気持ちで生きてるとか考えたことないとか」

 自分でも驚くほど低い声が出た。リコが僕の両腕を男から引きはがす。男は尻もちをつく。

「やめて」

 リコの口調は堅くて強い。リコは僕の顔を見てくれない。若い守衛は襟を正して、パイプ椅子に座りなおす。バツが悪そうに僕らに言う。

「遅いから、はよ、帰りなさい」

 僕は小さくすみませんと言って、守衛室を出る。少し遅れてリコが出てくる。彼女は僕に目を合わせずに低い声で言った。

「なんであんなことしたの?暴力なんて最低」

「ごめん」

「……もう、明日から来ないで」

 リコは断固としてこちらを見ない。

「さよなら」

僕の言葉を待たずにリコは僕に背を向けて病棟へと歩いて行く。彼女は決して振り返らず、ただしゃんと伸びた背中を僕は見ていた。



 僕が家についたのはもう日付の変わった後だった。リビングにはまだ明かりがついている。まだ母が眠らずにTVを見ていた。僕が2階へと向かおうとすると、母から声を掛けられる。

「ねぇ、フウタ」

 僕は、階段から顔を出して母の方を見る。

「なんね?」

 母も僕の事を見る。なんだか少し会わない内に小じわが増えたみたいだ。

「あんた、最近、水化病の病院にいっちょるとね?」

「うん、同級生のお見舞いがあるかいね」

「そう。……ほどほどにしときないよ?」

 僕は、母から目を逸らして2階へと上がる。

 僕は、ベットに横になる。皆、勝手だ。リコがどんな気持ちなのか知ろうともしないで。僕は、両手で顔をこする。僕は彼女のためにできることを見つけたと思っていた。何があっても側にいてあげると決めた。けれど、今日は彼女に嫌な思いをさせて、もう来るなとまで言われた。彼女と会い続ける約束をする最後のチャンスだったのに。何をやってるんだろう。僕は起き上がって、机の上に置いてあるガラスの小瓶を手にとる。

「僕も一緒なんかな」

 ガラスの小瓶はくすんだ光を反射させていた。



 窓から差し込む朝日の暑さに目が覚める。僕の手には小瓶が握られていた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。時計を見るともう6時になっていた。まだ波はそこそこ高い時間だが今日もサーフィンに行く気にはならい。起き上がると、玄関のチャイムが鳴った。誰か出るだろうと思っていたが、誰も出ないままチャイムが何度もなる。仕方がないので、降りて扉を開けるとバスケ部のジャージを着たアンナが立っていた。

「朝の何時やと思っちょるとね」

「お父さんがフウタ、最近サーフィンに来んくなったって言っちょったから」

「忙しいんよ」

「あの子のことやろ?」

「もう来るなって言われたわ」

 アンナの顔が心なしか明るくなる。

「もう行かんと?」

「いや、謝って来るわ」

「なんやそれ、来るなって言われたとに」

「側におるって決めたかいね」

「ふん、片思いかもしれんのに」

「いいんよ、それでも」

 アンナはなにか言いたそうな顔をするが、何も言わない。アンナは結んだ髪を揺らして笑う。

「フウタは頑固やからねぇ」

「うっさい」

「私、部活やから。行くわ」

「おう」

 不意に、アンナは僕の頬を両手で包む。

「……急になんや」

アンナの指はひんやりとしていた。

「私がおるかい、なんかあったらいつでも言うとよ」

 アンナは綺麗な幅の二重の目で僕を見つめて笑う。アンナはゆっくりと指を僕の頬から離す。何も言えない僕に、アンナは少し頬を赤くしてじゃあといって小さく胸の前で手を振る。僕は立ち去るアンナに何も言えず、ただ背中を見送った。