壁へ埋め込むんじゃないかと心配になる力加減だ。彼の呻き声も弱々しくなっていく。

「ここに居たくない。帰りたい、帰りたいよ」

 私は和樹お兄ちゃんの腕に触れ、もう充分だって訴えた。

「……はぁ、そうだな、帰るか」

 お兄ちゃんは大きく息を吐き、彼から話す。壁を伝って座り込む彼の戦意は完全に喪失しており、出て行く私達を呆然と見送った。



「メンズ物で悪いけど、これ着替え」

 彼のマンションからお兄ちゃんの部屋へ移動する。本当は私のアパートの方が近かったが、帰りたい場所はここだった。

「シャワー浴びる?」

「え?」

「あ、いや、変な意味じゃなく。あいつに触られたりして気持ち悪かったら洗い流してって……この言い方も良くないか、すまない」

 帰宅途中、私達は多くを話さない。はぐれないよう、しっかり繋いだ手が物語っていたから。
 ただ、それでも言葉にしなきゃ、声にして届けなければいけないだろう。

「和樹お兄ちゃん、話があるの」

「うん、もちろん聞くよ。その前に着替えておいでよ。シャワーを使うかは任せるけど」

「嫌、今すぐ話したい。お願い」

 はっきり言って今の2人はボロボロだ。優しいお兄ちゃんの顔も、可愛い妹気取りの体裁も剥がれかけている。

 お風呂に入って身なりを整えたら、その間にお兄ちゃんがコーヒーを飲んで落ち着いてしまえば、この気持ちを打ち明ける機会は失われるだろう。

「座ってーー和樹さん」

 和樹お兄ちゃんではなく、和樹さんと呼ぶ。

「分かった」

 和樹さんは座り直し、私を真っ直ぐ捉えた。テーブルを挟んで向かい合い、大きく深呼吸する。