「ーーはぁ」

 そろり、そろり、彼の後をつけ呼吸を整えた。下着姿とは何ともシュールだけど、彼も不測の事態で私から意識を離している。

 玄関へ続く廊下は身を隠せるものはなく、振り向かれたら終わりだ。部屋の隅からダッシュして隙間へ滑り込む運動神経を備えておらず、こうする他ない。

(振り向くな、振り向かないで)

 とにかく念じる。
 平日の時間帯とあってか、マンション内は静か。耳を澄ませば部屋に向かってくる足音が聞こえた。

(……あれ、この足音)

 頭の中に磨かれたビジネスシューズが浮かぶ。
 私は夕飯を作りながら、毎晩この靴音の帰りを待っていたんだ。本能で聞き分ける。
 どんどん近付く愛しさに私の足は【待て】も【お座り】も出来なかった。気付けば走り始めていて、金髪の彼を突き飛ばす。

「お兄ちゃん! 和樹お兄ちゃん!」

 迷子になった子供みたく叫ぶ。

「っち! お前何やってるんだよ! 奥へ引っ込んでろって!」

 今度は私が突き飛ばされるが、解錠は間に合った。廊下へ突っ伏す直前、力強い腕が引き上げてくれた。

 私はいつもこの腕に助けられてる。受験勉強に行き詰まった日、両親を亡くしてどん底へ突き落とされた日、そして今だって。

 ありがとう、ごめんなさい、ありがとう、寄せては返す心がお兄ちゃんに抱き締められて凪いでいく。

「か、果穂ちゃん!」

 名を呼ばれると鼻の奥がつんとする。