果穂ちゃんを送った正樹は送り狼にならず、戻ってきた様だ。連打されるインターホンに仕方なく応じ、解錠する。
 ほどなくして部屋に飛び込んできて、彼はまず片付いていない有り様を指摘した。

「洗い物やっておくんじゃなかった?」

「皿を割ってやる気が失せた。それで? 何の用? お兄ちゃんに構って貰いたいの? お兄ちゃん仕事が残ってるし忙しいんだよね」

 矢継ぎ早に煽ってみるものの、正樹は首を振る。

「……泣いてたぞ、果穂」

「わざわざそれを言う為に? 俺に果穂ちゃんは任せておけないとか、宣戦布告しない訳?」

 スポーツマンシップが染み付く正樹は他人を欺いたり、出し抜いたりしない。こと恋愛においては紳士で、果穂ちゃんの涙に付け込む真似など出来るはずもなく。そういう性格だからこそ、番犬として果穂ちゃんの側につけている。

「オレだって果穂が兄貴を嫌いになれば奪いたい! 果穂、兄貴が好きだって泣いてるんだ。なんであんな酷い事を言うのさ?」

「可愛いからだよ」

 答えとして人差し指に巻く絆創膏を見せられ、正樹は意味を測りかねる。
 キャラクターがプリントされた絆創膏は果穂ちゃんと同じ。侘びしい男の一人暮らしを癒やしてくれる存在だ。

「オレには兄貴の恋愛観が分からねぇ。果穂が大事で学費を援助したり、バイトをやらせてるんだろう?」

「あぁーー座れば? コーヒーでも淹れてくる」

「仕事はいいのかよ?」

「果穂ちゃんに続いて弟まで泣かせられないしな」

 着席を促し、いったんキッチンへ。果穂ちゃんが使いやすいようにしていいと言ってあるので飲み物の在り処くらいしか把握していない。