おばさんは趣味が講じて料理教室を自宅で開いている。私も何度か、おばさんの助手として参加したことがあった。

 名ばかりの助手なうえ、お小遣いまで渡されるので申し訳なくなり、最近はお邪魔していない。

「由佳さん?」

 教室の生徒であろう女性の名を復唱する。

「兄貴の上司の娘さん。果穂もお袋に愚痴られたろ? 兄貴さ、その人と見合いしたんだけど」

「丁重にお断りしたよ。果穂ちゃん、下らない話を聞かせてすまないね」

 お兄ちゃんは早々に話を切り上げようと口を挟む。まだ料理も残っているうちに食器を片付け始め、それを正樹が止める。

「座れよ、兄貴。逃げるな」

 割としっかり力を込めて。

「……逃げてなんかないでしょ? 先方が花嫁修業をしようがしまいが俺には関係ない」

 場の空気が急激に悪化し、居心地の悪さから視線を泳がす。最悪取っ組み合いのケンカになりそう、そうなったらどうしよう。子供の頃なら仲裁に入れたが今は無理だろう。

「果穂ちゃん、申し訳ないが先に洗い物しててくれるかな?」

 和樹お兄ちゃんが避難指示を出してくれても、話の内容がとても気になり動けない。
 
 お兄ちゃんはプライベートへ踏み込まれるのを嫌う。一定のラインを越えられぬよう振る舞うのを正樹が感じない訳がない。

「お兄ちゃんに女性の噂はつきものって言うか。正樹だってーー」

「俺は兄貴みたく女なら誰にでも優しくなんかしない」

 我ながら助け舟を出すどころか、状況を更に悪化させてしまう。

「はは、酷い言われようだね。しょうがないか」

 お兄ちゃんは乾いた笑いを浮かべた。