「ともかく一旦ここを離れよう。何か食べたい物はある? もしくは食べられそうな物」

 お兄ちゃんは少し間を置き、諦めた風に肩を竦める。
 子供の頃からの不貞腐れると唇を噛む癖が抜けず、このポーズをすれば和樹お兄ちゃん達が折れてくれるんだ。

「これといって特に」

「それならファミレスでいい?」

「うん、ハンバーグ、グラタン、オムライスもあるね!」

 出来るだけ幼く笑ってみる。上手に笑えただろうか。

「ハンバーグの上に目玉焼きが乗ってるやつ、あるかな。チーズが入ってるのもいいなぁ」

 ーーねぇ、和樹お兄ちゃん。
 子供舌と言った唇を眺め、心の中で問い掛ける。

 ーーねぇ、お兄ちゃん。
 この間、上司の娘さんとお見合いしたんだって、おばさんから聞いたよ。
 先方は和樹お兄ちゃんをとっても気に入ったのに、お付き合いは始まらなかったみたいだね。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 ーー好きな人はいるの? 付き合っている人はいるの?

「ん?」

 小首を傾げ、優しくこちらを覗き込む。通った鼻筋に聞いて確かめたい事柄が滑り落ちていく。

「なんでもない。荷物、取ってくる」

 大袈裟に踵を返す。

(はぁ……)

 本物の家族を失った今、和樹お兄ちゃんの妹ポジションまで手放せるほど心は強くない。吐いた息で長年抱えた気持ちを丸め込んで、誰より自分に認識させないようにする。

 私は和樹お兄ちゃんの【妹】でいいんだ。