その夜。
 有羽がぐっすり眠った後、メイは部屋に戻って来た。
 静かな夜空に綺麗は月が輝き、プラネタリウムの様な満天な星空を眺めながらメイはこの先の事を考えこんでいた。
 望み通り内金家は破滅に追い込まれた。隼人が逮捕され母親の理子もそして妻の佳代も逮捕され、内金コンサルティングは大手取引先から契約を打ち切られ倒産寸前。ただ優はまだ契約を打ち切らないままでいた。何故だろう…そう思うメイだが、その理由は聞けないままで。…優子は逮捕された後、警察病院の精神科に入院させられている。支離滅裂な言い訳ばかりで幻覚も見えパニック状態になっているようだ。今は時々病院の庭に出て何を思っているのか雑草を食べようとしたり、壁に頭を打ち付けて意味不明な事を叫ぶことが多くなり隔離病棟へ移されているようだ。
「姉さん。全てが終わってあいつ等は破滅したわ。でも…心からスッキリしないのは何故? 破滅しても、姉さんの心臓はあいつの母親の中にあるから? 」
 夜空に向かって問いかけたメイ。
「…宗田さん…。彼はすごい人ね、全て知っていて私の事を陰で守ろうとしていたの。そんなことできる人って、この世の中にどのくらいいるのかな? 姉さんが、彼と結婚していれば幸せになれたのにって思ったりもするの…」 


 コンコン。
 静かなノックの音にハッと振り向いたメイ。
「まだ起きていますか? 」
 潜めた優の声が聞こえて、メイはドアに歩み寄りそっと開けた。
「すみません遅い時間に」
「いいえ…」
 そう言って部屋の中に優を招いたメイ。


 何故優がやって来たのか、その理由はメイには分かっている。全てが終わったのだから、今後どうするのかを決めなくてはいけない。有羽がすっかりメイを母親だと信じ込んでいる。だが、真実を告げた時どれだけ傷つくのかを考えると胸が痛む。かと言って、本当の母親ではないからと言って有羽の前からいなくなることも更に傷つけてしまいそうで怖い。
 
「少しは落ち着きましたか? 」
 尋ねられメイはそっと頷いた。
「それじゃあ…もう、本当の名前に戻ってもいいですよね? 」
「そうですね。理事長も、娘さんの死亡届を提出したそうですから」
 言いながらメイはソファーに座った。
 それに合わせて優も隣に座った。


 そう言えばメイって名乗っていたけど「メイさん」と呼んでくれたのは、忍さんと理事長だけで。他はみんな「レイラさん」ってよんでいた。名前を変えて現れたけど、あんまり意味なかったのかな? いっそ天城レイラですと通しておけばよかったのかな? 
 でももういいや澪音に戻ろう。私は天城澪音だから。

 そう決めたメイこと澪音。

 隣に座った優はそっと澪音を見つめた。 
「あの…ずっと気になっている事があります」
「え? 何をですか? 」
 優はちょっと照れたような表情を浮かべた。
「…怒っていますよね? 僕の事」
「怒る? 何をですか? 」
「初めて来た日の。あの夜の事です」
「ああ、あの夜の事ですか。その事は、ちゃんと本当の事を話してくれたじゃないですか。何も怒る理由もありませんから」
「いえ、そうではなくて。その…」
 言いたいことが上手く言えないのか、優は口元でごにょごにょと何かを言っているようだがメイにはよく判らなかった。

「もういいですよ。流れでそうなってしまった事なので、もう、なかったことにして下さい。お互いに、それが一番いいですから」
「え? どうして? 」
「いえ…元々私はあなたを騙していたわけですし…」
「嫌です! そんなの絶対に嫌です! 」
 
 優は今にも泣きそうな目をして澪音を見つめていた。その視線を感じた澪音は胸に痛みを感じたが、それ見たくなくて視線を反らしていた。

「僕は本気です。本当にあなたを愛しているから、あの夜あなたの事を抱けました」
「何を言っているのですか? …私…」
「僕はあなたと初めて出会ったときからずっと、気持ちが変わっていません。あの事故で、あなたが全部忘れたとしても僕の気持ちが変わる事はなかったです。だから…あの人と…あなたがホテルに行った日も僕が邪魔しました」
「え? 」
 
 ホテルに行ったって…まさか忍さんとのこと? 
 驚いてメイは優を見つめてた。優は驚いているメイをじっと見つめて今にも泣きそうに目を潤めていた。
「…あなたに傷ついてほしくなかったから。ずっと…見ていました。あなたが帰国してくることを知って、きっとレイラさんの敵を討つためにあの人に近づいてくることは分かっていました。だから…」
 
 あのバーでメイと忍が出会ってホテルへ向かった日。
 優は忍とメイがホテルに入って行ったのを確認した。そして、ホテルのボーイに成りすましてルームサービスだと言って忍にアルコールの強いシャンパンを飲ませた。忍がお酒に弱い事は知っていた。だから二人がそんな関係になる前に忍は寝てしまうだろうと想定して。何も疑わずに忍はサービスだというと喜んでシャンパンを受け取ってその場で飲んで大喜びしていた。

「まさか…」
 メイは思い出した。忍がサービスだと言われて、シャンパンを飲んだと陽気な気分で言っていた事を。
 いざバスローブを脱いで盛り上がった時に忍が急に寝息を立てて眠ってしまった。起こしても起きないくらいぐっすり寝ていて。結局軽くキスをしたくらいで何もできなかった。その事を忍は何度も謝っていたが結果としては、それでよかったのだった。

「そんな前から知っていたのですか? 私の事を…」
「はい。ずっと、レイラさんが亡くなってから内金一家に着いて調査をしていたので。レイラさんの身内の事も重ねて調べていたのです」
「そう…。でも私は何も覚えていなから…」

 スッと視線を落としたメイの手を優はギュッと握った。
「記憶じゃなくてハートで感じて下さい」
「ハート? 」
「そうです。僕と出会って、どう感じましたか? 知らない人、それだけでしたか? 」