木之内惣は完全に美里の記憶を呼び覚まし、連城家へ帰ることとなった。

美里は連城家では執筆活動をせずに仕事部屋へ通い、オンとオフをしっかりと切り替え、作家木之内惣を続けながら、連城美里という奈央の母親としての自分を取り戻していった。




初秋を迎えたある日の午後、「グリーンフラワーコーポ」203号室の入居者である堀内美和子がスマイル&ピース不動産を訪れた。

「あの・・・岡咲さんいらっしゃいますか?」

美和子は窓口に座る男性社員に声を掛け、渚を呼びだした。

窓口男性社員に取り次がれ、店頭に顔を出した渚に、美和子は安堵の表情を見せた。

「岡咲さん!いて良かったあ。」

「堀内さん、お久しぶりです。今日はどうなさいましたか?」

渚がにこやかに挨拶すると、美和子は話しづらそうに下を向いた。

「ここじゃなんですから、応接室にご案内しますね。」

渚は美和子を店内にある応接室へ誘った。

今日の美和子はポニーテールではなく髪を下ろし、しっとりとした雰囲気を醸し出している。

「今、お茶をお出ししますね。」

そう言って渚が応接室から出ようとするのを、美和子は制止した。

「あっ。お茶は大丈夫です。自分でペットボトルのお茶持っているので!気を遣わないでください。」

「・・・そうですか?」

「はい!」

渚はその言葉に甘えることにして、ソファに座り美和子と向き合った。

「その節はご契約頂き、本当にありがとうございました。グリーンフラワーコーポ203号室の住み心地はその後如何ですか?」

渚がそう水を向けると、美和子は困ったような顔をした。