湊が5回大きな声で名前を呼びかけた後、木之内惣はやっと手を止め、顔を上げた。

その表情は鬼気迫るものがあり、睨み付けるような厳しい視線からは無言の圧が感じられた。

「あら、湊君。今日はなあに?今月あなたのところから依頼されてるエッセイの締め切り、まだ先よね?」

そう早口でまくしたてる口調も別のスイッチが入っているのか、以前会ったときのおっとりと話す木之内惣とはまるで別人だった。

「木之内先生・・・今日は大切な用事があって来ました。」

湊の固い声に、木之内惣は眉をひそめた。

「え?なになに?怖いわあ。もしかして連載打ち切りとか?」

「いえ。仕事の話ではありません。」

「じゃあなに?見ての通り、今すごぉく忙しいの!星影出版さんの連載小説の締め切りが近づいてるの!また今度にしてくれない?」

「いえ。是非、今聴いてもらいたいものがあるんです。」

湊の後ろから顔を出した渚を目視し、木之内惣は怒りをあらわにした。

「あらあ。岡咲さん?湊君さあ、いくら彼女だからって人の大事な仕事場に連れて来るってどういうことかしら?反則じゃない?あなたと私の仲でも許されないわよ?編集長に言いつけてもいい?」

「忙しいところ、本当に申し訳ありません。でもちょっとだけ手を止めて、耳を澄ませて聴いて欲しいものがあるんです。」

渚はカバンのポケットからボイスレコーダーを取り出し、木之内惣に手渡した。

「だからなんなの?これ。」

「あなたへのメッセージです。」

「私のファンからってこと?」

「とにかく聴いてください。お願いします!」

「俺からもお願いします。」

そう言って深々と頭を下げる湊を見て、木之内惣は驚きの表情を浮かべた。