「さて、何から話せばいいか・・・とりあえず初めに伝えておくが、渚が今さっき会ったのは連城美里・・・俺の義姉(あね)だ。そして木之内惣でもある。」

「どういうこと?」

渚が首を傾げると、湊は自分に言い聞かせるように、淡々とその事実を口にした。

「美里は二重人格なんだ。奈央の母親である連城美里、そして人気作家木之内惣、あいつの身体にはふたつの人格が備わっている。」

「二重人格・・・」

「元々はひとつの人格で使い分けていたんだ。連城美里と木之内惣を。」

湊はひとつため息をつくと、語り始めた。

「美里は学生の頃から文芸部に所属していて、小説を書くのが好きな一少女だった。けれど美里は自分の作品を新人賞に応募するでもなく、ただ楽しいからと自分の為だけに書いていた。俺は美里が小説を書いていることは知っていたが、気にも留めていなかった。それはただの趣味だと思っていたし・・・。実は俺も学生時代は小説を書いていて、夢は作家になることだった。けれど自分の実力は自分が一番良くわかっていた。俺は作家になるほどの力はないってな。」

湊はそう自嘲気味に笑い、コーヒーカップに口を付け唇を濡らした。

「だから編集者になった。作家になれないのなら、作家を助け素晴らしい作品を世に届ける仕事がしたい・・・そう思ったんだ。その仕事は俺に向いていた。俺はいち早く売れそうな作家を見いだしその作品を形にしていった。そして俺はその仕事にのめり込んでいった。そんなとき、気まぐれに美里の書いた小説を読んでみたんだ。編集者目線でね。」

「編集者目線・・・」

義姉弟(きょうだい)だという色眼鏡を抜きにして、ってことだ。・・・それはお世辞抜きで魅力的な作品だった。それが渚にやった『紫陽花と少年』だ。俺はすぐにそれを書籍化するために編集会議にかけた。そして『紫陽花と少年』は書籍化を認められ、世に出ることとなった。それが木之内惣の処女作の誕生だった。」

渚は息を飲んだ。

知る人ぞ知る木之内惣の処女作『紫陽花と少年』はそんな経緯があったのか、と。