女性は身動きもせずじっと連城家の塀の向こうへ顔を向けている。

そんな時間(とき)が長らく続き、渚は痺れを切らした。

これが男性だったら交番に通報しようとも思ったが、相手はか弱そうな女性。

そのまま放っておいて帰ろうとしたとき、渚の頭に別の考えが浮かんだ。

もしかして身体の具合が悪く、動けないのかもしれない。

だったらこのまま捨て置くのは人間としていかがなものか。

でも余計なお節介だったら。

万が一危ない女性だったら。

「ええい!ままよ。」

渚は心を決め、その女性に声を掛けることにした。

もし危害を及ぼされそうになったら、ハイヒールを脱いでダッシュで逃げよう。

そう思いながら、少しづつその女性へ近づいていった。

至近距離に近づいたその時、渚の目ははっきりとその女性の顔を認識し、そして驚愕した。

それは予想外の人物だった。

「木之内先生・・・!?」

渚に突然声を掛けられた木之内惣は、ビクッと身体を震わせ、渚の顔を見た。

渚は木之内惣との思いがけない再会に、この状況の不可解さを忘れ、喜びの声を上げた。

「あの・・・覚えてませんか?栄文社で本にサインを頂いた岡咲渚です!その節は本当にありがとうございました!私、あの本読むのがもったいなくてまだ棚に飾ってあるんです。」

しかし木之内惣は渚の言葉に何の反応も示さなかった。

「あの・・・木之内先生・・・ここで何を?」

すると思ってもみない言葉が返ってきた。