「今私が仕事で抱えてる案件なんだけど・・・。」

渚がスマイル&ピース不動産に来店した高藤有也(たかふじゆうや)を担当したのは、一ヶ月前のことだった。

高藤は自宅とは別に、投資用ワンルームマンションの一室を所有していた。

そのマンションの立地は都心へのアクセスも良く、中古だが大規模修繕も定期的に行われており、建物自体は新築といっても見劣りしない外観。

利回りも良く、売りに出すのはいささか時期尚早と思われる物件だ。

しかし窓口で相談を受けた渚に高藤は、そのワンルームマンションをなるべく早く、しかも高値で売りたいと訴えた。

高藤は自宅を購入するさい、借地権付きの新築戸建て住宅を選択した。

借地権付き住宅は借地料を払わなければならないが、その分戸建て物件の購入代金はかなり安く設定されていた。

自分の土地ではないので固定資産税を支払わずに済むという利点もあった。

しかし今年になって土地オーナーが変わり、今までより数倍高い借地料の値上げを提案、いや宣告された。

そして値上げを受け入れるか、もしくは借地権を買ってくれと土地オーナーに迫られているという。

さらにタイミングが悪いことに、今年は借地契約をかわして20年目、土地賃貸契約を新たに結ぶ為の更新料を払う年だった。

高藤は決心した。

更新料と高い借地料を支払い続けるくらいなら、借地を買い取り自分の土地にする為に、投資用マンションを手放そうと・・・。

しかし更新料の支払い期日は今年の秋。

それまでになんとしても借地を購入出来る額で投資用マンションを売却したい。

しかし高藤が望む投資用マンションの売却額は、相場より高いものだった。

相場であればすぐに買い主が決まると思われる物件ではあるけれど、それより高い売値だと同条件で安い売値のマンションへ買い手は流れてしまう。

依頼を受けてからというもの、渚は毎日のように営業をかけているが、なかなか買い手は見つからない。

弱り切った高藤の姿を見るたびに、渚の焦りも強くなっていった。