奈央との勉強時間が終わり、いつしか渚は絹の作った夕食をご馳走になるのが習慣となっていた。

しかしその日の渚は、美味しそうなオムライスを目の前にしても、いまいち食欲が湧かなかった。

仕事での懸案事項が、渚の心を重く覆っていた。

目の前に座る奈央が、心ここにあらずの渚を心配そうにみつめながら言った。

「渚、大丈夫?なんか今日はずっと元気がないみたい。具合が悪いの?」

「渚様、もしお加減が悪いのでしたら、無理して食べなくてもよろしいのでございますよ?」

箸が進まない渚に、絹も遠慮がちに声を掛けた。

しかし渚は小さく首を振り、無理矢理微笑んでみせた。

「ううん。大丈夫。心配掛けてごめんなさい。ちょっと仕事が立て込んでて。仕事をプライベートに持ち込むのは良くないってわかってはいるんだけど・・・」

「そうだな。仕事をプライベートに持ち込むのは社会人失格だ。」

いつの間に帰ってきたのか、珍しく湊が食卓のテーブルに着いた。

「あら湊坊ちゃま。今日はお早いお帰りでしたのね。今すぐに支度いたしますからちょっとお待ちくださいませね。」

湊の世話を焼くのが嬉しいとばかり、絹は席を立ち、いそいそとキッチンへ向かった。

湊は誰に向けてというわけでもなく「ただいま」と言った。

「お帰り、湊。今日は仕事早く終わったの?」

「ああ。思ったより打ち合わせが早く終わった。」

「じゃあ今日は一緒にアニメ観ようよ。今学校で流行ってるんだ。」

出会った当初からは信じられないくらい仲睦まじい湊と奈央の会話を聞いても、自分への嫌みを投げかけられても、渚は無言のままでオムライスの黄色い卵をスプーンで小さく口に入れた。

そんな渚に湊が怪訝そうな顔をした。

「おい。何黙り込んでんだ。渚の減らず口が返ってこないと調子が狂うだろ。」

「なにしれっと、人の名前呼び付けにしてるのよ。」

「奈央が渚と呼んでるのに、俺がそう呼んで何が悪い。お前の雇い主は俺だぞ。」

「もう、別になんでもいいけど!その代わりに私もあなたのこと湊と呼ばせてもらう。」

「勝手にしろ。」

渚は力なく湊を見て、大きなため息をついた。

「今日は湊と口喧嘩する気分じゃないの。ほっといてよ。」

「女のほっといて、はかまって欲しいの裏返しだろ?」

「・・・・・・。」

「何か仕事上の悩みがあるなら、聞いてやるから言ってみろよ。」

「さっき仕事とプライベートをわけろと言ったのは湊でしょ?それに湊に話してもどうにかなる話じゃないから。」

「話して気が楽になるかもしれないだろ?」

「・・・・・・。」

「お前の辛気くさい顔見てると、こっちの気分も下がるんだよ。いいから話せ。」

頬杖をついた湊にじっとみつめられ、渚は重い口を開いた。