その日の帰りの電車の中。

渚は湊と並んで椅子に座り、心地よい揺れに身体を委ねていた。

上機嫌の渚とは対照的に、湊はなぜかずっと不機嫌な顔を隠しもしなかった。

「ああ、今日は素晴らしい一日だった。私もう一生手を洗わないでおこう!」

「・・・・・・。」

「木之内先生って作品だけでなく、ご本人も思っていた通り素敵な方だった。ね、連城さん。木之内先生の仕事場ってどんな感じ?きっと机にスイートピーなんか飾って、アールグレイティーなんか飲みながら、優雅に執筆なさるんでしょうね。」

「そんなわけないだろ。締め切り間近なんか戦場だ。」

そうムスッと答える湊の顔を渚は不思議そうに覗き込んだ。

「さっきからなに怒ってるの?私、なにか気に障ることした?」

「・・・俺はお前と木之内惣を会わせるつもりなんかさらさらなかったんだ。」

「なんで?どうしてそんな意地悪なこと言うの?私が木之内先生と会ってなにが悪いのよ。ちゃんと理由を聞かせてよ。」

空気を読まない渚に、湊のイライラが爆発した。

「ふざけるな!理由が言えたら苦労しないんだよ!とにかく・・・いろいろ面倒くさいことになる予感しかしない。」

渚は少し考え、そして自らの推理を披露した。

「わかったわ。連城さん、あなた木之内先生とただならぬ関係にあるんでしょ?だっていくら担当編集者だと言ったってあなたと木之内先生との空気感は特別なものを感じるわ?呼び方からして湊君、だし。」

「・・・・・・。」

「私、そんなこと全然気にしないわよ?だってあなたと私は何でもないもの。あなたが誰と付き合おうが私の人生には一切関係ないので、お気になさらず。」

「下世話なこと言うな。何も知らないくせに。」

「知らないから教えてって言ってるのに。」

「うるさい!俺はここで降りる。一人で勝手に帰れ。」

「は?」

湊は駅に着いたと同時に席を立ち、渚を置き去りにして電車から降りて行った。

「なによ。また置き去り?今日はいい奴だって見直したのに・・・あの自己中オトコ!」

渚は頬をふくらませながら、木之内惣のサイン本が入ったバッグを胸に抱きしめた。