仕事が終わり待ち合わせした湊に連れて行かれたところは、湊の職場である栄文社の本社だった。

栄文社の社屋は、さすが老舗大手出版社だけあって大きく立派であり、有名作品のポスターが沢山貼られていて、渚は圧倒されっぱなしだった。

ロビーの受付でゲストだということを証明するストラップカードを受け取ると、渚はそれを首にかけた。

初めての場所で心細い渚の前を、堂々と歩く湊の背中が頼もしい。

エレベーターで4階まで上り案内されたのは、湊が所属する文芸編集部一課のフロアだった。

フロアの隅に簡易な応接セットがあり「ここで待ってろ。」と湊に言われた渚は、その茶色いレザーのソファに座った。

湊は自席らしき机に戻り、引き出しからブルーの紙袋を取り出してから、再び渚の元へ戻ってきた。

渚の前に座った湊は、その紙袋を差し出した。

「え・・・?なに?・・・これ」

「俺からお前へのプレゼントだ。」

まさかのサプライズに渚は何も言えず、その紙袋をみつめた。

「これを渡す為に、私をここへ?」

「お前は小説が好きだから、本が作られるこういう場所も好きだと思った。あとで社内をじっくり見学すればいい。俺が案内する。」

「・・・紙袋の中を見てもいい?」

「もちろん。」

渚がおそるおそる紙袋を開けると、中には一冊の単行本が入っていた。

それを取り出すと、パステル画で描かれた淡い虹色の表紙が目に飛び込んできた。

小説の名前は『紫陽花(あじさい)と少年』

そして作者名は『木之内惣(きのうちそう)

「え・・・嘘でしょ・・・これって・・・」

「木之内惣の幻のデビュー作だ。」

「信じられない・・・もう絶版していて、どこを探しても手に入らないことで有名な本なのに・・・。本当にこんな貴重な物を貰ってしまってもいいの?」

「ああ。」

「これ、どこにあったの?」

「つてを使って取り寄せた。古い友人でお前と同じく木之内惣の小説に惚れ込んでいる奴だ。そいつは一作の本を観賞用保存用布教用と3冊持っている。その布教用を頼み込んで譲ってもらった。」

「嬉しい!私、この小説の存在を知ってからずっと読んでみたいと思っていたの。」

「そうか。それは良かった。」