渚は急ぎ足で応接室へ向かい、そのドアを開け大きく一礼した。

「お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」

「いや・・・こちらこそ突然の訪問、すまない。」

ん?この声・・・。

渚が顔を上げると、応接ソファに座った連城湊が膝の上で手を組み、小さく頭を下げた。

思ってもみなかった来訪者に渚は眉間を寄せ、先ほどとは打って変わって砕けた口調になった。

「あなたからすまないなんて言葉が聞けるなんて、雨でも降るのかしら。どうしよう、置き傘を持ってくるの忘れちゃったわ。」

「そう言うなよ。」

湊がバツの悪そうな顔をした。

応接室のドアがこんこんと鳴り、和樹がお茶を運んで来た。

「失礼します。」

和樹が慣れない手つきで渚と湊の前に緑茶の入った茶碗を置いた。

「ありがとう、宗像君。」

そう渚が言うと湊も和樹に「ありがとうございます」と一礼した。

和樹もぺこりとお辞儀をし、応接室から去った。

「どうして私の勤め先がわかったの?私、不動産会社に勤務しているとは教えたけど、会社名までは言わなかったはずよ。」

「都内の不動産会社へ片っ端から電話をかけた。岡咲渚という営業社員はいないかってね。お前の話から想像して23区の西の方にある会社だと当たりをつけたら、7社目でここにたどりついたってわけだ。」

湊はそう自分の探偵のような行動を自慢げに言うと、緑茶を口にした。

「それはご苦労様なこと。仕事は大丈夫なの?」

「ああ。今日は出先から直帰の予定だったから。お前はこれから残業か?」

「いえ・・・今日は定時であがるつもりだけど・・・。」

「そうか。」

こころなしか湊がホッとした顔をしたように見えた。

「そんな時間と労力を割いてまで私に会おうとした理由はなに?先日はもう二度と私の顔なんか見たくもないといった風情だったけど?」

「ああ。俺もそのつもりだったが・・・事情が変わった。」

湊は渚の嫌みをものともせずに、上目遣いで渚を見た。

「ここじゃなんだから、どこか別の場所で話をしたい。どうせ暇だろ?」

「誰が暇よ!私、忙しいの。あなたの相手をしてる時間なんてないの・・・と言いたいところだけど、私も今日はどこかで飲みたい気分なのよね。学費をバイトで稼いでいる若い学生さんに、安くて住みやすいワンルームマンションを紹介して、無事契約を取ることが出来たからその祝杯をあげたくて。せっかくご足労頂いたのを無下にするほど私も鬼じゃないし・・・いきつけの居酒屋でよければそこで話を聞いてあげなくもないわよ?」

「回りくどいな。素直に俺と飲みたいって言えよ。」

「はあ?」

「ほら、行くぞ。」

湊はそう渚を促し、黒いブリーフケースを持って立ち上がった。