「はあー終わった!」

新規の契約書をパソコンに打ち込んでいた渚は、やっとその作業が終了し大きく伸びをした。

時計の針はちょうど就業時間の終わりを指し示していた。

今日は珍しく定時に上がれそうね。

久々に華の店へ顔を出そうかな。

そんなことを考えていると、その仕草を待っていたかのように、3年後輩の宗像和樹(むなかたかずき)がおそるおそる渚に声をかけた。

和樹は少し押しが弱いが、親切丁寧な接客で成績を伸ばしている、若手優良株の社員だ。

ベビーフェイスの笑顔が可愛いと女子社員からも人気があり、渚も和樹には一目置いていた。

「渚先輩。あの・・・」

「どうしたの?宗像君。」

「応接室で渚先輩のことをお待ちしている方がいまして・・・。」

「え?!どうしてそれを早く言わないの。お客様を待たせるなんて営業たるものあってはならないことよ?」

「俺もそう言ったんですけど、そのお客様が仕事の邪魔をしたくないから、渚先輩の手が空くまで待たせてくれって強くおっしゃられて。」

「そう・・・。」

そんな律儀なお客様、いたかしら?

渚は現在担当している顧客の顔を思い浮かべ、そして小さく首を振った。

考えるより先に動かなくちゃ。

「とにかく急がないと。なんにせよお待たせしてしまったわけだし。宗像君、申し訳ないけどお茶をお願いしてもいい?」

「はい!了解です。」

従順で素直な和樹は、いそいそと給湯室へ向かって行った。