「奈央!帰って来たのか?」

その声に渚の耳がぴくりと反応した。

この声、どこかで・・・

「なんだ。あいつもう帰ってきてたのか。」

渚の元へオレンジジュースを運んできた奈央は顔を歪めた。

2階から降りてきた奈央の叔父だという男の姿を見て、渚はすくっと立ち上がり目を見開いた。

じゃあ・・・奈央君の叔父さんって・・・連城湊(れんじょうみなと)?!

その男・・・連城湊は、つい数時間前、渚をこっぴどく振った相手だった。

渚と目が合った湊も一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに落ち着き払った冷たい目で渚を睨み付けた。

「なんでお前がここにいる?食事の代金はちゃんと二人分払っておいたはずだ。お前に文句を言われる筋合いは全くない。」

「はあ?お前ってなによ。それがレディに対する言葉?」

「誰がレディだ。勝手に人の家に上がり込んだ奴にお前と呼んで何が悪い?」

そう高飛車に言い放つ湊の言葉に、渚の怒りがふつふつとマグマのように沸き起こった。

でもここで爆発しては駄目。だってこいつは仮にも奈央君の大切な家族。

それに奈央君の前で大人げない争いを繰り広げるのはいかがなものか。

怒りは6秒数えれば治まるって聞いたことがある。

渚、6秒数えるのよ。ほら6、5、4、3、2、1、0・・・よし!

渚は大きく深呼吸して、にっこりと微笑み、髪をかきあげた。

「その節はどうもありがとうございました。しっかりデザートまで美味しく頂きました。ああ仔牛のテリーヌ美味しかったです。デザートの苺タルトも絶品でした。誰かさんが突然いなくなったせいで周りからの視線が痛かったけれど最後まで食べきりましたわ。ご馳走様でした。」

どうよ?これが大人の女の嗜みってものなの。

そんな澄まし顔の渚に、湊は腕を組みそっぽを向きながら冷ややかに言った。

「それがどうした。・・・ふん。もしかして置いてきぼりにされたのを根に持って仕返しに来たのか?どこから付けてきた?お前がそんなストーカー気質だったとは俺の女を見る目も落ちたもんだな。今ならまだ許してやる。不法侵入罪で訴えられる前にとっとと出て行け。」

その瞬間、渚の中でなにかがプチンとぶち切れる音がした。

それは俗に言う堪忍袋の緒というやつだった。

「は?!あなたなんか仕返しするほど興味ないんだけど!誰があなたみたいなデリカシー皆無のろくでなしを追いかけるもんですか。こっちから願い下げよ!ええ、わかりました。言われなくても出て行きますから。もう金輪際会うこともないから安心してよね。さよなら!」

そうきびすを返し立ち去ろうとした渚の腕を、奈央がひしっと掴み引き留め、そして湊をキッと睨み付けた。

「渚は僕の大切な友達だ。湊につべこべ言われる筋合いはないよ。出て行くなら湊が出て行けばいいんだ。これ以上渚を侮辱したら、僕は湊と縁を切るからね!」

「なっ・・・」

その一撃がよほど効いたのか、湊は奈央の言葉にたじろぎ、呆然と立ち竦んだ。