暖かな春の光が、大きなサッシ窓越しに差し込む4月初めの土曜日。

窓の外には雲一つない晴れやかな空の青、遠くには微かに富士山が見え、小鳥たちの春を喜んでいるかのようなさえずりがどこからか聞こえてくる。

不動産会社社員8年目となるやり手営業の岡咲渚(おかざきなぎさ)は、顧客である新婚の吉田夫妻の新居を探すべく内見の真っ最中だった。

ここは12階建ての中古マンション「ビレッジ桜美南」

その8階部分にある空室801号室の部屋の中は、あらかじめ設置してあるエアコン以外には文字通り何もなくガランとしている。

ダイニングキッチンに6畳と4畳半の部屋が2つの3LDK。

渚が窓を開けると爽やかな風が室内に吹き込んだ。

「この部屋の売りはバルコニーが広いことなんです。バルコニーにチェアを置いて座りながら、春には階下の公園に咲く満開の桜、夏には近場の遊園地があげる華やかな花火を眺めることが出来るんです。」

吉田夫妻は渚に促されて見晴らしの良い景色を眺め、うっとりとした顔を浮かべた。

渚は窓を閉め、再び室内に目を向けた。

ごくごく一般的な内装の中古物件だが、リフォーム済みなので傷や汚れはどこにもなく、新築といっても通りそうな部屋だ。

心なしか室内の空気も温かく、来るべき住人を今か今かと待ち望んでいるように感じる。