進学に向けて、個人の学習能力に応じたカリキュラムに、部活動にも力を入れ、節度を持った学校生活がどうたらこうたら……。


体育館では、現在進行形で入学式が行われていた。壇上で話す校長の話が、遥翔の耳をすり抜けていく。

内容がどこか薄っぺらく感じる長い話を気だるげな顔で聞いていた遥翔だったが、右隣から聞こえてきた小さな声に、意識をそちらに向けた。


「……先生の話、長いよね」


肩下まで伸びている長い黒髪に、ぱっちりとしたまあるい瞳。背は周囲にいる他の女子よりも低くて、背の高い遥翔からしたら一際小さく見えた。


「私、夏目小夜っていいます。これからよろしくね」

「……」


ニッコリと笑うその顔は、毒気を抜かれてしまうほどに柔らかく、朗らかだ。

返事を返さない遥翔を気にすることなく、小夜は再び前を向き、壇上で話し続けている校長に視線を向けた。


けれど遥翔は、何故か隣にいる少女から目が離せなかった。

灰色の世界に、パッと色がついたような感覚。

今まで感じたことのない、胸が軋むような感覚。


キュッと痛む胸に手を添えながら、遥翔は内心で首をかしげる。


(何だこれ……心臓が痛い)


わからない。わからないし、苦しいけど……嫌じゃない。

もう一度、右隣に座っている小夜を見れば、また小さく胸が高鳴る。


遥翔の心に、初恋という名の小さな種がまかれ――それが芽吹き始めた瞬間だった。