「……はぁ、夏美のやつ……」


ボソリと呟いた宇佐美くんは、眉を顰めて小さなため息をこぼす。


「猫宮さんもこないみたいだし、俺、帰るね」


この状況をどうしたらいいものかと困惑していれば、宇佐美くんは長い脚を体育館の方に動かし、この場から立ち去ろうとする。


「ま、待って、宇佐美くん……!」


私は咄嗟に、引き止めるような言葉を口にしてしまった。ほとんど無意識だった。何を言うのかなんて、そんなの何も考えていない。

だけど、このまま宇佐美くんが行ってしまったら――もう二人きりで、目を見て話す機会はなくなってしまうかもしれないって、何だか不安で、すごく怖くなったから。


「……どうしたの?」

「その……」


――宇佐美くんと席が離れて、以前のように話せなくなって、寂しく感じていること。どうして急に優しく話しかけてくれるようになったのか、むしろ昨年まで、どうして私に冷たく当たっていたのか、ずっと気になっていたこと。私は宇佐美くんのことをずっと怖くて冷たい男の子だと思っていたけど、今では宇佐美くんのことを、一人の男の子として……好きになってしまったこと。


聞きたいことも、伝えたいことだってたくさんあるのに、私の口は思ったように動いてくれない。緊張で自分の顔が強張っているのが分かる。

口ごもっていれば、先に口を開いたのは宇佐美くんの方だった。