「小学一年生の子で、一人で土手で遊んでいて、川に転げ落ちてしまったそうなんです。それで溺れていたところを娘さんが助けてくれたと」

 ドクンドクンと私の胸が鳴る。
 おまわりさんは続けた。

「その子とお母さんが、謝罪とお礼をしたいと。――よろしいですか?」
「……はい」

 私のお母さんは断ることも出来たのに、おまわりさんの言葉を受け入れた。

 その会話を聞いて、私はこっそりリビングから顔を覗かせた。
 若いお母さんとまだまだ小さい男の子が玄関に立っていた。
 向こうは私に気付いていない。

「息子を救ってくださってありがとうございました……。怖くて言えなかったそうなんです。申し訳ありませんでした。大事な娘さんを……」
「いえ……」

 深々と頭を下げる相手のお母さん。
 私のお母さんはどんな顔をしてるだろう。
 見えない。

 でも、小さい子を救ったなんて、もう誰も何も言えないじゃん。
 文句なんて言えない。
 だって、お姉ちゃんはいいことをしたんだもん。
 自分の命と引き換えに小さい子の命を救った。
 あの子だって、何も悪いことはしてない。
 事故だもの。
 そう思うしかなかった。

 お姉ちゃんは自殺じゃなかった。
 それだけでよかった、って思うしかないじゃん。

「それでは、これで……」

 終わりを告げるおまわりさんの声。

「あ、助けてくれたお姉ちゃんだ。ありがとう、お姉ちゃん」

 気が付くと、男の子が私に手を振っていた。

 男の子は分かっていないみたいだった。
 分かるはずない。私たちはよく似てるから。

 でも、私じゃない。私じゃないの。
 
 そう思いながら、私は静かに手を振り替えした。
 お姉ちゃんの代わりに。