「なんてね、私こっちだから、じゃあね」

 そう言って、仲里は普通に帰った。
 何も変わらずに帰ったんだ。
 あいつ笑ってたはずなのに……。
 
 突然、仲里は次の日から学校に来なくなった。
 何があったか聞こうにも俺は仲里の家も連絡先も知らなかった。

 仲里が近くの川で死んだことを知ったのは、一ヶ月以上後の朝礼の時間だった。
 ご家族のご希望でみなさんにお知らせするのを遅らせました、それが教師の口から出た言葉。
 クラスの誰かが自殺だと言った。

「中川くん! どこ行くの!」

 俺は信じられなくて、仲里のノートを持って学校を飛び出し、近くの川まで走った。
 川の細かい場所までは分からない。
 ただ、想像はしたくないが、飛び降りるなら橋の近くだと思って、橋の下に行った。

 探してみても全然分からなかった。どこにも仲里の痕跡がなかった。
 脱力して、その場に膝をつく。

「俺が一方的にフラれる気持ち、味わってどうすんだよ……っ」

 まだ何も分かってないだろ、俺を置いていくなよ。
 主人公の相手に俺の名前使ったくせに。

「この小説……、どうすんだよ……! なあ、仲里!」

 お前がいなきゃ、完成しないじゃんかよ。
 お前がいなきゃ、意味なんて……。

 叫んでも橋の上を渡る電車の音に掻き消されていくだけ。
 こんなにも自分の心を彼女に浸食されているとは思わなかった。

 仲里が死んだなんて冗談なんじゃないかと思えてくる。
 彼女はイタズラが好きだったから、しばらくして嘘でした、って言いながら俺の前に現れるんじゃないかって。

「……っ?」

 仲里を探して、キョロキョロと辺りを見回して、ふと橋の上に彼女の姿を見つけた気がした。橋の向こうからこちら側に向かって歩いてくる。

 ほら、そうだ。
 これは彼女が仕掛けたドッキリで……。

 幽霊かもしれない。いや、幽霊でもいいんだ。
 ただ、会いたい。

 仲里……、仲里……! 仲里!

 俺は走って、橋への階段を上がった。
 彼女は過ぎ去ったあとだった。
 彼女の背中が見える。
 どう見ても彼女なんだ。
 
 仲里……。

 手が届きそうなところまで来て、気が付く。
 俺はゆっくりと足を止めた。

 彼女はきっと、仲里の妹だ。
 仲里があんなにも毎日話していた妹、たしか名前は……

「Aちゃん?」

 こぼすように名前を呼んだ。仲里と変わらない姿。
 その背中が動きを止めて、こちらを振り返る。

「お姉ちゃん?」

 生きてるのに、生きてないみたいな顔をした仲里の妹にそう呼ばれて、もう戻れなくなった。

 当然のことだけど、あいつを求めていたのは、俺だけじゃなかったんだ。

「Aちゃん、私だよ」

 顔を見て、声を聞いて、どうしようもなく、離れたくないと思ってしまった。
 たとえ理由を無理矢理に作ってでも。