「顔面だけでオーディションって受けていいのか?」

 演技が出来るか、とか正直いまの状態じゃ分からない。

「いいんじゃない? だって、まだ中学生だし、やってみたらいいじゃん。自分であきらめたってことはさ、親、別に反対してなかったんでしょ? 反対されてできない子だっているんだからさ。やれるときにやったほうがいいよ。大人になったら、反対されるほうが多くなるんだから」

 まるで大人みたいな言い方だった。
 大人になったら、もっと自由になるものだと思っていた。
 でも、きっと仲里が言っていることが正しいんだ。
 そう思った。

「そういうもんかな……」
「そういうものですよ」

 ふふ、と笑って仲里は分厚いノートに何かを書き始める。
 どんなところでも呼吸するみたいに文章が書けるんだな、と思った。

「なあ、文章力ってどうやったら上がんの?」

 テーブルに肘をつきながら、俺は仲里に尋ねた。
 彼女の伏せた睫毛が意外と長くて、じっと見つめてしまう。

「んー、読書じゃないかな」

 俺のほうは一切見ずに彼女は答えた。

「それだけ?」
「それだけ」

 即答。
 会話が終わってしまう。
 俺はもう少し話していたいのに。
 まあ、仲里からしたら俺は邪魔かもしれないけど。

「どれ読めばいい? おすすめとかない?」

 テーブルに伏せるようにして、手を伸ばして、トントンとノートの近くを軽く叩いた。
 斜め下から仲里の顔が見える。でも

「どれって、絵本がいい?」

 まだ仲里はこちらを向かない。
 絵本って、俺は幼稚園児かっての。

「ねえ、バカにしてんの?」

 怒ってはない。思わず顔がにやける。
 仲里が視線を上げる気配がして、俺は一瞬にしてにやけ顔を隠した。

「可愛がってるんだよ」

 目が合った彼女はイタズラな笑みを浮かべていた。
 ああ、勝てないと思った。