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「あと三十分早く生まれてたら私がお姉ちゃんだったのに、お姉ちゃんだけお姉ちゃんでずるいよ、って妹が変なところで怒ったからさ、私、じゃあ、少女AのAちゃんって呼ぼうって言ったの。Aはアルファベットで一番目なんだよって」

「それで妹は納得したの?」

「機嫌は直ったよ? 一日だけのはずだったんだけど、私が気に入っちゃって。それから両親も含めてみんなでAちゃんって呼んでる」

 仲里はいつも妹の、Aちゃんの話をしていた。
俺に話すこと、それしかないのかよってくらい。

 俺は仲里に俺のことを好きになってほしかったから、その話をいつも真剣に聞いていた。記憶力は良いほうで、だから、Aちゃんとの思い出話は全部覚えていた。
 まるで自分のものみたいに。

 俺はいままで人と付き合うことなんて考えていなかった。
恋愛なんて面倒くさい、そう思っていた。
 でも、仲里は他の告白してくる女子と違っていた。
彼女にだけは、好かれたかった。

「中川くん、夢はないの?」

 ある放課後、図書館の隅の席で仲里に聞かれた。
 心臓がドクンと強く脈打った気がして、どう答えようかと悩む。

 夢がないわけじゃなかった。
 ただ、俺は……。

「俺、役者になりたくて、演劇部に入ってたんだけど、やっぱりダメだなって思って。こんなところにいても俺は役者になれない。いや、たぶん、俺自体がダメと思ってあきらめた」

 学校の弱小演劇部にいても、何の意味もないと思った。
 それでいって、個人で何をしたらいいかも分からなかったし、そう思ってる自分もダメだと思った。
 そこにいるだけで、どうにかなる世界じゃないってことも分かっていた。

「なら、オーディションとか受ければいいじゃん。顔面はいいんだから、もったいない」

 はっきりと仲里は言った。
顔面だけって、と思って俺は苦笑いを浮かべる。